アレクサンダー・アルメンタ
メキシコのプロ野球選手
From Wikipedia, the free encyclopedia
ホセ・アレクサンダー・アルメンタ・カストロ(José Alexander Armenta Castro、2004年6月26日 - )は、メキシコ・シナロア州ロスモチス出身のプロ野球選手(投手)。左投左打。福岡ソフトバンクホークス所属。
| 福岡ソフトバンクホークス #34 | |
|---|---|
|
2023年5月28日、松山坊っちゃんスタジアムにて | |
| 基本情報 | |
| 国籍 |
|
| 出身地 | シナロア州ロスモチス |
| 生年月日 | 2004年6月26日(21歳) |
| 身長 体重 |
185 cm 79 kg |
| 選手情報 | |
| 投球・打席 | 左投左打 |
| ポジション | 投手 |
| プロ入り | 2021年 キンタナロー・タイガースと契約 |
| 年俸 |
1000万円(2026年)[1] ※2022年から6年契約[2] |
| 経歴(括弧内はプロチーム在籍年度) | |
| |
| 国際大会 | |
| 代表チーム |
|
| WBC | 2026年 |
この表について
| |
経歴
メキシコ時代
7歳の時に、地元のLiga Teodoro Higuera(地元出身のMLB投手テディ・ヒゲーラの名前を冠したリーグ)で野球を始めた。当時は一塁手だったが、指導者が投手としての可能性を見出したため、まもなく投手に転向した[3]。11歳でロスモチス近郊アオメにあるLiga Beisbol de Ahomeに移籍した。
その後16歳の誕生日を迎えた2020年秋には、カニェロス・デ・ロス・モチスの地元枠選出に選ばれた。
2021年6月23日にはキンタナロー・タイガースでメキシカンリーグデビューを飾った。
同年10月4日、福岡ソフトバンクホークスに育成選手として入団することが発表された[4]。
ソフトバンク時代
2022年は、新型コロナウイルス禍の影響により、日本への入国が3月にずれ込んだ。三軍戦18試合、33回を投げて0勝3敗、防御率5.73だった。
2023年は、主に中継ぎとして三軍・四軍戦合わせて計38試合を投げ、計57回1/3で1勝2敗11セーブ、防御率2.04の結果を残した。また、これと前後して、6月23日に二軍公式戦初登板を果たした(奇しくもメキシカンリーグデビューと同日)。二軍成績は3試合4回で防御率11.25の数字だったものの、二軍デビュー戦で無失点に抑えた際は、小久保裕紀二軍監督に「今日はアルメンタが一番輝いていた」と評された[5]。
2024年は、初めて春季キャンプをB組で迎えた。主に先発として春季教育リーグ・二軍戦で投げ、3月21日にはちゅ~るスタジアムでのくふうハヤテ戦で5回1失点で二軍公式戦初先発及び初勝利を飾ったが、4月4日のタマスタ筑後でのくふうハヤテ戦後に腰椎分離症と診断され長期離脱を余儀なくされた[6]。8月10日にレクザムボールパーク丸亀で行われた香川オリーブガイナーズ戦で実戦復帰し、その後は10月までに5試合に登板した。
2025年も、引き続き春季キャンプをB組で迎えたが、左肩の違和感によりスロー調整となった[7]。4月から5月にかけては三軍非公式戦での登板が続いた。6月1日のむつみスタジアムでのオリックス二軍との試合でこの年の二軍公式戦初登板を迎えた。6月中は先発としての起用されたが、7月は支配下登録期限を見越して中継ぎとして起用された。7月終盤には、支配下昇格した宮﨑颯や、同じ育成選手のロドリゲス、宮里優吾とともに一軍の練習でシート打撃に登板した[8]。支配下登録期限を過ぎた8月以降は再び先発として起用され、先発と中継ぎを合算した二軍成績は、13試合登板、46回2/3投球回で奪三振54、与四死球28、防御率3.47だった[9]。
2026年は、WBCメキシコ代表への選出が内定した。また、来日後初めて春季キャンプをA組で迎えることになった[10]。WBC終了後再来日したものの、大会後に右腹斜筋の違和感が出たためしばらくリハビリ組に合流、その後2軍戦2試合に登板し、勝ち負けなしの防御率1.50。5月23日、支配下選手契約を締結。背番号は34[11][12]。
選手としての特徴
人物
詳細情報
背番号
- 135(2022年 - 2026年5月22日)
- 34(2026年5月23日 -)