アレクサンデル・ヴォルシュチャン
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Aleksander Wolszczan | |
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2007年に撮影 | |
| 生誕 |
1946年4月29日(79歳) ポーランド、西ポモージェ県シチェチネク |
| 国籍 | ポーランド |
| 研究分野 | 天文学者 |
| 出身校 | ニコラウス・コペルニクス大学 |
| 主な業績 | 太陽系外惑星(パルサー惑星)の最初の発見 |
| 主な受賞歴 |
ポーランド科学財団賞 (1992) ベアトリス・ティンズリー賞 (1996) ポーランド復興勲章 (1997) マリアン・スモルホフスキメダル (2001) ボフダン・パチンスキメダル(2017) |
| プロジェクト:人物伝 | |
アレクサンデル・ヴォルシュチャン(ポーランド語: Aleksander Wolszczan, 1946年4月29日 - )はポーランド出身のアメリカ合衆国の天文学者である。最初の太陽系外惑星およびパルサー惑星の発見者の一人とされる。2024年に退職するまでペンシルベニア州立大学の天文学教授を務めた。
ヴォルシュチャンはポーランド科学アカデミー、アメリカ天文学会、国際天文学連合のフェローである。また、業績に対して数々の賞を受賞している。
科学者としてのキャリア
ヴォルシュチャンはトルンにあるニコラウス・コペルニクス大学で1969年に理学修士号、1975年に博士号を取得した。 その間1969年から1973年までの間は天文学研究所に所属していた。1973年からはドイツのボンにあるマックス・プランク電波天文学研究所で上級助手として研修を受けた。1979年から1982年にはトルンにあるポーランド科学アカデミー天文センターに勤務し、1982年に渡米しコーネル大学とプリンストン大学で勤務した。1994年から2008年まではポーランドに戻りニコラス・コペルニクス大学の教授を務めたが、2008年に教授を辞任し後に再び渡米、ペンシルベニア州立大学の天文学教授となった。
1990年にデール・フレイルと共同でプエルトリコのアレシボ天文台から行った観測から、パルサーであるPSR B1257+12を発見した[2]。 そして1992年1月9日に[3]、このパルサーを公転する2個の惑星PSR B1257+12 BとPSR B1257+12 Cを発見した。この時発表した惑星の質量の値はそれぞれ地球の3.4倍と2.8倍で、公転軌道の半径はそれぞれ0.36,9.47auだった。 これは太陽系の外で発見された惑星(太陽系外惑星)としては初めて確認された例[2]である。1994年にはこの系に第3の惑星PSR B1257+12 Aを発見した[4]。
ヴォルシュチャンはこの発見を1992年にアトランタで開催されたアメリカ天文学会で公にし、2年後に論文で発表した。科学誌のネイチャーはこの発見を物理学分野における15の基礎的な発見のうちの1つに挙げた。当初は発見を疑問視する専門家もいたが、現在は発見は完全に裏付けられたものとして認められている。ポーランドの天文学者ボフダン・パチンスキはこの発見を「コペルニクス以来のポーランドの天文学者による大発見」と称した[5]。
1998年には雑誌アストロノミーが天文学の最も偉大な25の発見のうちの1つにヴォルシュチャンらの惑星発見を挙げた[6]。アレシボ天文台ではヴォルシュチャンはジョゼフ・テイラーと共同でミリ秒パルサーの研究も行った。
2003年にはマチェイ・コナツキと共同で、1992年に発見された2個のパルサー惑星の軌道傾斜角を決定する観測を行い、A~Cの3惑星の正確な質量が地球の0.02倍、3.9倍と4.3倍であると結論付けた[7]。
2007年にはAndrzej Niedzielski率いるポーランドの天文学者チームに加わり、HD 17092の周囲を公転する太陽系外惑星HD 17092 b[8]。
2012年にはMatthew Routeよ共同でアレシボ天文台を用いた観測で2MASS J10475385+2124234から放射された電波バーストを発見した。この天体はT6.5型の褐色矮星で、表面温度は800-900Kと推定されており、電波放射をする準恒星質量天体として知られる中で最も低温な天体となった[9]。この天体の磁場は1.7 kGより強いとされている。2016年にはさらにこのチームで、最も高速で自転する褐色矮星としてT6型のWISEPC J112254.73+255021.5を発見した[10]。その自転周期はわずか17分である。
ヴォルシュチャンはポーランド科学アカデミー、アメリカ天文学会、国際天文学連合、アメリカ科学振興協会、国際電波科学連合、アメリカポーランド芸術科学研究所といった多くの科学団体のメンバーである。
表彰など
ペンシルベニア州立大学ではヴォルシュチャンはエヴァン・ピュー天文学・天体物理学教授職の地位に就き[11]、2024年に退官した後はアサートン教授の称号を得た[12]。
ヴォルシュチャンは1992年にポーランド科学財団賞を受賞したのを皮切りに、1996年にはアメリカ天文学会からベアトリス・ティンズリー賞を受賞し、翌年1997年には当時のポーランドの大統領のアレクサンデル・クファシニェフスキからポーランド科学界への多大な貢献を称えポーランド復興勲章のコマンダー十字章を贈られた。2002年にはポーランドの郵便切手(ポーランド千年紀と題された16種の切手の一部)に肖像が描かれた[13]。
2006年にはヴォルシュチャンはシュチェチンの名誉市民となった。そして2007年にはヤン・ソシンスキ監督がヴォルシュチャンの半生や科学業績を描いたドキュメンタリー映画「Gwiazdor - Aleksander Wolszczan」が公開された。 2017年にはポーランド天文学会からボフダン・パチンスキメダルが贈られた[14]。 2020年にはアメリカ天文学会のレガシーフェローに選出された[15]。
2025年には、日本の市民科学プロジェクト「COIAS」で発見された小惑星の1つに、ヴォルシュチャンの業績に因んで(805997) ヴォルシュチャンと命名された[16]。
