アレクサンドロス・ツォルヴァス
ギリシャのサッカー選手
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アレクサンドロス・ツォルヴァス(ギリシア語: Αλέξανδρος Τζόρβας, ラテン文字表記: Alexandros Tzorvas, 1982年8月12日 - )は、ギリシャ・アテネ出身の元同国代表サッカー選手。現役時代のポジションはゴールキーパー。
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親善試合・オーストリア戦(2010年) | ||||||
| 名前 | ||||||
| ラテン文字 | Alexandros TZORVAS | |||||
| ギリシャ語 | Αλέξανδρος Τζόρβας | |||||
| 基本情報 | ||||||
| 国籍 |
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| 生年月日 | 1982年8月12日(44歳) | |||||
| 出身地 | アテネ | |||||
| 身長 | 188cm | |||||
| 体重 | 79kg | |||||
| 選手情報 | ||||||
| ポジション | GK | |||||
| 利き足 | 右足 | |||||
| ユース | ||||||
| 2005-2007 |
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| クラブ1 | ||||||
| 年 | クラブ | 出場 | (得点) | |||
| 2001-2007 |
| 1 | (0) | |||
| 2001-2003 |
→ | 25 | (0) | |||
| 2003-2004 |
→ | 11 | (0) | |||
| 2004-2005 |
→ | 6 | (0) | |||
| 2007-2008 |
| 24 | (0) | |||
| 2008-2011 |
| 59 | (0) | |||
| 2011-2012 |
| 11 | (0) | |||
| 2012-2013 |
| 1 | (0) | |||
| 2013-2014 |
| 27 | (0) | |||
| 2014-2015 |
| 2 | (0) | |||
| 通算 | 167 | (0) | ||||
| 代表歴2 | ||||||
| 2003 |
| 2 | (0) | |||
| 2008-2012 |
| 16 | (0) | |||
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1. 国内リーグ戦に限る。2017年8月6日現在。 2. 2014年9月27日現在。 ■テンプレート(■ノート ■解説)■サッカー選手pj | ||||||
経歴
クラブ
2001年、ギリシャの名門であるパナシナイコスFCに入団。しかしながら出場機会に恵まれず、入団から間もなく下部リーグのクラブへと期限付き移籍を強いられる。
レンタルを繰り返して2005年にパナシナイコスに復帰するも、やはり出場機会を与えられず2007年にOFIクレタへと完全移籍、ここで正GKの座を確立する。すると、シーズン終了後に正GKの抜けたパナシナイコスから復帰要請を受ける。これを受け古巣に戻ると、レギュラーとしてチームを支える存在となった。
2011年8月26日、イタリアのUSチッタ・ディ・パレルモに移籍。2年契約を結んだ[1]。しかし、パレルモでは序盤こそレギュラーだったものの年明け以降はエミリアーノ・ヴィヴィアーノ に定位置を明け渡してしまった。
2012年8月22日、スティーヴ・フォン・ベルゲンとのトレードでジェノアCFCへ移籍。
2014年8月31日、新たに開幕するISLに参戦予定のノースイースト・ユナイテッドFCへ加入することで合意した[2]。
代表
ギリシャ代表としては、U-21代表を経て2008年にA代表へ初招集。絶対的守護神であったアントニス・ニコポリディスの後継者として期待された。2010 FIFAワールドカップにはレギュラーとして全3試合に出場。ナイジェリア戦ではギリシャのW杯初勝利も記録した。しかし、1勝2敗でグループリーグ敗退に終わった。
W杯後はコンスタンティノス・ハルキアス、ミハリス・シファキス、オレスティス・カルネジス等との激しいポジション争いを演じた。
個人成績
代表歴
出場大会
試合数
- 国際Aマッチ 16試合 0得点(2008年-2011年)[3]
タイトル
- パナシナイコス
- ギリシャ・スーパーリーグ : 2009-10
- キペロ・エラーダス : 2010