アレックス・ウィルソン (野球)

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生年月日 (1986-11-03) 1986年11月3日(39歳)
身長
体重
6' 0" =約182.9 cm
220 lb =約99.8 kg
アレックス・ウィルソン
Alex Wilson
デトロイト・タイガースでの現役時代
(2018年4月29日)
基本情報
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
出身地 サウジアラビアの旗 サウジアラビア
東部州ダーラン
生年月日 (1986-11-03) 1986年11月3日(39歳)
身長
体重
6' 0" =約182.9 cm
220 lb =約99.8 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 投手
プロ入り 2009年 MLBドラフト2巡目
初出場 2013年4月11日
最終出場 2019年4月27日
年俸 $750,000(2019年)[1]
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

ウィリアム・アレクサンダー・ウィルソンWilliam Alexander Wilson , 1986年11月3日 - )は、サウジアラビア王国東部州ダーラン出身の元プロ野球選手投手)。右投右打。

プロ入り前

サウジアラビア生まれだが、これは父親が石油会社に勤務していたためで、生後2年でアメリカ合衆国へ帰国[2]

ウィンスロップ大学英語版の在学中の2007年の夏にトミー・ジョン手術を受ける[3]。その後、テキサスA&M大学に編入する[3]

2008年MLBドラフト10巡目(全体311位)でシカゴ・カブスから指名されたが、入団しなかった。

プロ入りとレッドソックス時代

2009年MLBドラフト2巡目(全体77位)でボストン・レッドソックスから指名され、プロ入り。クレイグ・スタンスベリー英語版に次いで史上2人目のサウジアラビア出身の選手となった[4]

2012年11月には40人枠に入った[5]

2013年4月10日、ジョン・ラッキー故障者リスト入りに伴い、メジャー初昇格を果たした[6]。翌11日のボルチモア・オリオールズ戦でメジャーデビュー。5月17日のミネソタ・ツインズ戦では、2対2の同点の9回裏2死から登板し、打者1人を2球で抑える。その後10回表に味方が勝ち越し、メジャー初勝利をあげた[7]

ボストン・レッドソックス時代
(2014年9月19日)

2014年3月7日にレッドソックスと1年契約に合意した[8]。3月13日にAAA級ポータケット・レッドソックスへ異動した[9]。開幕後、AAA級ポータケットでは18試合に登板して1勝0敗5セーブ、防御率1.42と好投。5月23日にメジャーへ昇格した[10]。その後はメジャーとマイナーを行き来しながら18試合に登板、防御率1.91、WHIP0.88という好成績を残した。2013年に4.6だった9イニング当たりの与四球率を1.6まで下げ、制球面でも成長を見せた。一方、前年に1本も打たれなかった本塁打を3本浴びた。

タイガース時代

2014年12月12日にリック・ポーセロとのトレードで、ヨエニス・セスペデスゲイブ・スパイアーと共にデトロイト・タイガースへ移籍した[11]

デトロイト・タイガース時代
(2015年7月30日)

2015年は、タイガースのリリーフ陣の一角に定着し、大ブレイクを果たした。1試合の先発登板を含む59試合に投げ、防御率2.19、WHIP1.03という好成績だった。

2016年は全てリリーフで62試合に登板。前年ほどの好成績ではなかったが、それでも防御率2.96、4勝、WHIP1.22という成績を残し、安定感あるリリーバーとしてタイガースのブルペンで躍動した。

2017年開幕前の2月9日に指名投手枠で第4回WBCアメリカ合衆国代表に選出された[12]。シーズンでは8月24日のニューヨーク・ヤンキース戦でトッド・フレイジャーに報復として故意死球を与え、両チームから選手が入り乱れる乱闘を起こして退場になった[13]。8月25日にMLBより4試合の出場停止処分を受けた[14]。この年は自己最多の66試合に登板したが、2勝5敗2セーブ、防御率4.50と低調な成績であった。

2018年は59試合に登板して2勝4敗、防御率3.36、43奪三振を記録した。オフの11月30日にノンテンダーFAとなった[15]

ブルワーズ時代

2019年2月9日にクリーブランド・インディアンスとマイナー契約を結び、スプリングトレーニングに招待選手として参加することになった[16]が、3月23日にミルウォーキー・ブルワーズと75万ドルの単年契約を結んだ[17]。4月29日にDFAとなり[18]、5月1日にマイナー契約で傘下のAAA級サンアントニオ・ミッションズへ配属された。8月3日に自由契約となった[19]

カブス傘下時代

2019年8月5日にカブスとマイナー契約を結んだ[20]。オフの11月4日にFAとなった[19]

カブス傘下退団後

2020年1月5日にタイガースとマイナー契約を結び、スプリングトレーニングに招待選手として参加することになった[21]。6月25日に放出された。7月28日に引退を発表し、バレンギグループのアドバイザーに就任した[22]

詳細情報

年度別投手成績





















































W
H
I
P
2013 BOS 2600001101.50012727.23401411221016154.881.74
2014 18000010001.00010928.12035021910861.910.88
2015 DET 5910003327.50027370.06151112382019172.191.03
2016 620000400141.00029773.06852151492026242.961.22
2017 66000025217.28626060.06771554424034304.501.37
2018 59000024014.33324561.25081522432024233.361.05
2019 MIL 1300001112.5005711.1153920132012129.532.12
MLB:7年 30310001414555.5001368332.0315319016112261401391273.441.22

背番号

  • 63(2013年)
  • 30(2014年 - 同年途中、2015年 - 2018年)
  • 52(2014年途中 - 同年終了)
  • 12(2019年)

脚注

関連項目

外部リンク

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