アンカラ駅
From Wikipedia, the free encyclopedia
(Hipodrom Caddesi, Anafartalar Mahallesi, Ulus, 06050 Altındağ, Ankara)
| アンカラ駅 | |
|---|---|
|
駅舎 | |
|
Ankara | |
![]() | |
| 所在地 |
(Hipodrom Caddesi, Anafartalar Mahallesi, Ulus, 06050 Altındağ, Ankara) |
| 所属事業者 | トルコ国鉄(TCDD) |
| 駅構造 | 地上駅 |
| ホーム | 3面5線 |
| 開業年月日 | 1892年12月31日 |
| 乗入路線 3 路線 | |
| 所属路線 | イスタンブール-アンカラ線 |
| キロ程 | 576.615 km(旧ハイダルパシャ起点) |
| 所属路線 | アンカラ-カルス線 |
| キロ程 | 0.000 km(アンカラ起点) |
| 所属路線 | バシュケントライ |
| キロ程 | 25.209 km(シンカン起点) |
| 乗換 | アンカラYHT駅 |
アンカラ駅(アンカラえき、トルコ語:Ankara Garı)は、トルコの首都アンカラにある、トルコ国鉄(TCDD)の鉄道駅。
歴史
オスマン帝国時代(1892–1922)
1892年12月31日に開業。元の駅舎はパレスチナとメソポタミアの戦争の物資として回収されたため、1914年から1918年にかけては旅客サービスを中止し貨物の運行もほとんどない状態であった。戦後、CFOAはイギリス軍の統制下に置かれたが、トルコ民族主義者達はアンカラとCFOAの一部を占領した。トルコ独立戦争の間、CFOAはアンカラからエスキシェヒル近くまで軍隊を輸送した[2]。
トルコ共和国時代 (1922–現在)

トルコ革命終了後、イスタンブール-アンカラ間の旅客輸送が再開された。CFOAは最終的にはアンカラからカイセリまで路線を開業させた。1927年6月1日にCFOAはトルコ国鉄(TCDD)に移管され、アンカラ駅もトルコ国鉄の駅となった[3]。1927年、イスタンブール-アンカラ間を国際寝台車会社(CIWL)が運行する、プレミア夜行列車のアナトリアエクスプレスが発足した[4]。現在のアール・デコ様式の駅舎は1937年に建築家チェキル・アカルンにより建てられたものである。 トルコ国鉄がアンカラから他の都市とも接続させるため、1939年にイズミルまで走行する9月9日エクスプレスとカルスまで走行する東エクスプレスを、1944年にディヤルバクルやクルタランまでを走行する南クルタランエクスプレスの運行を開始した。1972年にはシンカン-カヤシュ間を電化し、同時にバシュケントライの運行を開始した。1993年にはイスタンブール-アンカラ間全線の電化が完了した。2009年にアンカラからエスキシェヒルまでトルコ高速鉄道の運行を開始した。
2015年10月10日10時4分(EEST)、アンカラ駅前で爆破事件が発生した。2つの爆弾が爆発し、105人以上が死亡、400人以上が負傷した[5][6]。この事件はトルコの近代史上最悪なものの1つとなった[7]。
