アントニオ・バスタルド

From Wikipedia, the free encyclopedia

生年月日 (1985-09-21) 1985年9月21日(39歳)
身長
体重
5' 11" =約180.3 cm
200 lb =約90.7 kg
アントニオ・バスタルド
Antonio Bastardo
ピッツバーグ・パイレーツ時代
(2017年4月15日)
基本情報
国籍 ドミニカ共和国の旗 ドミニカ共和国
出身地 アト・マジョール州アト・マジョール・デル・レイ英語版
生年月日 (1985-09-21) 1985年9月21日(39歳)
身長
体重
5' 11" =約180.3 cm
200 lb =約90.7 kg
選手情報
投球・打席 左投右打
ポジション 投手
プロ入り 2005年 アマチュア・フリーエージェントとしてフィラデルフィア・フィリーズと契約
初出場 2009年6月2日
年俸 $6,500,000(2017年)[1]
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

アントニオ・フランシスコ・バスタルド・ラファエルAntonio Francisco Bastardo Rafael , 1985年9月21日 - )は、ドミニカ共和国アト・マジョール州アト・マジョール・デル・レイ英語版出身の元プロ野球選手投手)。左投右打。

プロ入りとフィリーズ時代

フィラデルフィア・フィリーズ時代
(2011年5月30日)

2005年2月17日にフィラデルフィア・フィリーズと契約。

2009年6月1日にメジャーへ昇格し、翌2日のサンディエゴ・パドレス戦で先発起用されメジャーデビュー。6回を4安打1失点5奪三振に抑え、メジャー初勝利を挙げた。6月29日に左肩の故障で15日間の故障者リスト入りし、8月24日に60日間の故障者リストへ異動した。9月3日に故障者リストから外れたが、同日にAA級レディング・フィリーズへ降格。10月3日に再昇格した。この年は怪我の影響で6試合の登板にとどまり、2勝3敗・防御率6.46だった。

2010年からリリーフに転向。25試合に登板し、2勝0敗・防御率4.34だった。

2011年はリリーフとしてシーズンを通して活躍。64試合に登板し、6勝1敗8セーブ・防御率2.64だった。この年まで3年間使用していた背番号58を同年オフに新加入したジョナサン・パペルボンに譲り、自身は新たに37を付けた[2]

2012年は10イニング以上投げた投手ではクレイグ・キンブレルアロルディス・チャップマンに次ぐ両リーグ3位の奪三振率14.02を記録した[3]

2013年1月18日にフィリーズと1年契約に合意。しかし、バイオジェネシス・スキャンダルによって禁止薬物購入が発覚し、8月5日に50試合の出場停止処分を受け[4]、9月29日に復帰した。この年は出場停止の影響もあり、48試合の登板にとどまり、3勝2敗2セーブ・防御率2.32だった。

2014年1月21日にフィリーズと200万ドルの1年契約を結んだ[5]。この年は自己最多の67試合に登板し、5勝7敗・防御率3.94だった。

パイレーツ時代

2014年12月10日にジョエリー・ロドリゲスとのトレードで、ピッツバーグ・パイレーツへ移籍した[6]

2015年は66試合に登板し、4勝1敗1セーブ・防御率2.98の成績を残した。オフの11月2日にFAとなった[7]

メッツ時代

ニューヨーク・メッツ時代
(2016年7月30日)

2016年1月22日にニューヨーク・メッツと2年契約を結んだ[8]。メッツ加入1年目はシーズン途中までに41試合にリリーフ登板したが、防御率4.74・FIP5.07・WHIP1.42と打ち込まれ気味だった。

パイレーツ復帰

2016年8月1日にジョン・ニースとのトレードで、パイレーツへ移籍した[9]。パイレーツでは28試合に登板し、防御率4.13・3勝無敗と多少復調した。メッツ時代との合算では、3年連続60試合以上となる69試合の登板で防御率4.52・3勝無敗・WHIP1.36という成績で、防御率は4シーズンぶりに4.00を超えた。また、キャリアワーストの11被本塁打するなど、全体的に調子が悪かった。与四球率が4.0以上・奪三振率が9.0以上だったのは、例年通りだった。

2017年7月8日にDFAとなり[10]、7月13日に自由契約となった[11]

ダイヤモンドバックス傘下時代

2018年1月23日にアリゾナ・ダイヤモンドバックスとマイナー契約。3月20日に解雇となる。7月21日に二度目の禁止薬物使用が明らかになり140試合の出場停止となった。オフはドミニカ共和国のウィンターリーグに参加。

投球スタイル

90~94mphのフォーシーム、83~87mphのカッター、81~85mphのスライダーの3つが主要な球種。チェンジアップはほとんど投げない[12]

詳細情報

年度別投手成績





















































W
H
I
P
2009 PHI 650002300.40010623.2264902190018176.461.48
2010 25000020021.0008618.21919022600994.341.50
2011 64000061817.85722558.02862600704017172.640.93
2012 65000025126.28622452.04072632815026254.331.27
2013 48000032214.60017942.23322111474012112.321.27
2014 67000057012.41727164.04343442815031283.941.20
2015 PIT 6600004119.80023957.13942623648019192.981.13
2016 NYM 4100000007----19543.24182123461224234.741.42
PIT 28000030081.00010224.01931111285213114.131.25
'16計 690000300151.00029767.260113234746437344.521.36
2017 900000100.000529.0165900820151515.002.78
MLB:9年 419500027201295.5741679393.03044419213164703441841754.011.26

年度別守備成績



投手(P)












2009 PHI 602001.000
2010 2502001.000
2011 640310.750
2012 652011.667
2013 4811001.000
2014 671110.667
2015 PIT 660410.800
2016 NYM 411310.800
PIT 2801001.000
'16計 691410.833
2017 90000----
MLB 41951751.815

背番号

  • 58(2009年 - 2011年)
  • 37(2012年)
  • 59(2013年 - 2017年)

脚注

関連項目

外部リンク

Related Articles

Wikiwand AI