アンドレイ・ペルロフ
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ペルロフは、1980年代から1990年代に活躍した競歩選手である。1991年まではロシアの代表として、1992年は独立国家共同体の代表として活躍した。
ペルロフが最初にメジャータイトルを獲得したのは1990年にユーゴスラビアのスプリトで行われたヨーロッパ選手権である。この大会の50km競歩で、東ドイツのベルント・グンメルト、ハートヴィッヒ・ガウダーらをおさえ3時間54分36秒で金メダルを獲得した。
翌1991年に東京で開催された世界選手権でも50km競歩に出場。午前7時スタートにもかかわらず、気温25度、湿度97%、さらには台風直撃という過酷な条件の下でレースは行われた。レースは、ソ連の2人、ペルロフと、アレクサンドル・ポタショフが3位のガウダーらに差をつけて終盤を迎えた。競技場に入っても2人は併歩したまま、そして最後の直線に入っても競おうとせず、ついに2人はゴール直前肩を組み仲良くゴールインした。タイムは2人とも3時間53分09秒であったが、100分の1秒ポタショフが先着しており、ペルロフは銀メダルとなった。
ペルロフは、翌1992年にはバルセロナオリンピックの50km競歩に出場。残り10kmで独歩態勢に入ると、3時間50分13秒で、メキシコのカルロス・メルセナリオらをおさえ、金メダルを獲得した。
バルセロナオリンピックの後、引退した。
自己ベスト
- 20km競歩 - 1時間18分20秒 (1990年)
- 30km競歩 - 2時間02分41秒 (1989年)
- 50km競歩 - 3時間37分41秒 (1989年)