アンドレイ・ボレイコ
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レニングラード (現サンクトペテルブルク) に生まれる。レニングラード音楽院にてエリザヴェータ・クドリャフツェワとアレクサンドル・ドミトリエフに師事した。1987年にポーランドのカトヴィツェで開催されたグジェゴシュ・フィテルベルク国際指揮者コンクール、1989年のアムステルダムにおけるキリル・コンドラシン指揮者コンクールで入賞を果たす[1]。
ソビエト連邦期は、1986年から1989年にかけてウリヤノフスク・フィルハーモニー交響楽団の指揮者を務め、1989年から1991年にかけてスヴェルドロフスク・フィルハーモニー交響楽団の首席指揮者を務めた。
1991年から1995年までポーランドのポズナン・フィルハーモニー管弦楽団の音楽監督、1998年から2003年までドイツのイェーナ・フィルハーモニー管弦楽団の音楽総監督、2001年から2006年までカナダのウィニペグ交響楽団の音楽監督、2004年から2007年までハンブルク交響楽団の首席指揮者、2004年から2010年までスイスのベルン交響楽団の首席指揮者、2009年から2014年までデュッセルドルフ交響楽団の音楽監督、2012年から2017年までベルギー国立管弦楽団の首席指揮者、2014年から2022年までアメリカフロリダ州のネイプルズ・フィルハーモニー管弦楽団の音楽監督、2019年から2024年までワルシャワ国立フィルハーモニー管弦楽団の音楽監督を務めた[2][3]。
ネイプルズ・フィルにおける学際的試み
ネイプルズ・フィルハーモニー管弦楽団 (Naples Philharmonic - Artis—Naples) での8シーズンにわたる任期中に、音楽を他の芸術形態と融合させる学際的なプログラミングを推進した。その代表的なものとして、ストラヴィンスキーのバレエ音楽プルチネルラや火の鳥の演奏に合わせ、イザベル・ド・ボルシュグレーヴがバレエ・リュスに触発されて制作した現代美術作品を組み合わせたプロジェクトがある。また、ギヤ・カンチェリら現代作曲家への委嘱作品を、パブロ・ピカソやアレクサンダー・カルダーの展覧会に関連付けて発表した[4][5]。
ワルシャワ・フィルの音楽監督として
ワルシャワ国立フィルハーモニー管弦楽団の音楽監督としての任期中に、楽団は2022/2023シーズンに創立120周年を祝い、ヨーロッパ、アジア、アメリカへのツアーを成功させた[5]。また、ショパン国際ピアノコンクール (第18回、第19回) での開会、最終選考、受賞者記念コンサートの指揮を担い、ポーランド音楽の世界的発信において中心的な役割を果たした[6]。
レパートリー
ボレイコのレパートリーは極めて広範であるが、その中核にはドミートリイ・ショスタコーヴィチの作品と、20世紀後半から21世紀にかけての作曲家たちへの一貫した支持がある。
ショスタコーヴィチの探究
ショスタコーヴィチの作品では、交響曲第4番の録音 (シュトゥットガルト放送交響楽団) が、歌劇「ムツェンスク郡のマクベス夫人」の組曲を含む盤として注目を集めた[7]。交響曲第13番「バビ・ヤール」のロンドン・フィルハーモニー管弦楽団との公演 (2024年) は、ソ連体制下での反ユダヤ主義という政治的重圧を背負ったこの大作に対し、説得力のある演奏として高い評価を得た[8]。交響曲第5番のロンドン・フィルハーモニー管弦楽団との公演 (2023年) も、芸術における政治的介入の実りとして称賛を浴びた[9]。
グレツキの伝道師
2014年、ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団を指揮して、ヘンリク・グレツキの遺作である交響曲第4番の世界初演を行った。さらに、その後ロサンジェルス・フィルハーモニックと共にアメリカ初演を行い、ロンドン・フィルとの世界初録音を世に送り出した[4][10]。
現代音楽やあまり知られていない作品の擁護者
スウェーデンのヴィクトリア・ボリソヴァ=オラス、ポーランドのクシシュトフ・ペンデレツキ、アンドレ・チャイコフスキー、ジョージアのギヤ・カンチェリ、エストニアのアルヴォ・ペルト、ウクライナのヴァレンティン・シルヴェストロフらの作品を積極的に取り上げている[5]。