アンヘル・マリア・ビジャール

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ラテン文字 Angel Maria Villar
生年月日 (1950-01-21) 1950年1月21日(75歳)
アンヘル・マリア・ビジャール
名前
ラテン文字 Angel Maria Villar
基本情報
国籍 スペインの旗 スペイン
生年月日 (1950-01-21) 1950年1月21日(75歳)
出身地 ビスカヤ県ビルバオ
身長 179cm
選手情報
ポジション MF
ユース
1961-1969 アスレティック・ビルバオ
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
1969-1981 アスレティック・ビルバオ 291 (8)
1969-1970 →ガルダカオ (loan)
1970-1971 CDゲチョ (loan)
代表歴
1972 スペイン・アマチュア 1 (0)
1973-1979 スペイン 22 (3)
1. 国内リーグ戦に限る。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

アンヘル・マリア・ビジャール・ジョーナAngel Maria Villar Llona, 1950年1月21日 - )は、スペインビルバオ出身の元サッカー選手、サッカー組織幹部。ポジションはミッドフィールダーアレクサンデル・チェフェリン新会長に選出されるまでUEFAの会長代行を務めた。

現役選手時代はアスレティック・ビルバオだけに所属し、公式戦361試合に出場して11得点を記録。選手引退後には、選手としてのキャリアよりも長くスペインサッカー連盟会長を務めていた。

ビスカヤ県ビルバオに生まれ、地元のアスレティック・ビルバオのユース部門で頭角を現す。ビルバオ郊外のガルダカオにあるアマチュアクラブへのローン移籍後にシニアデビュー[1]。1971年にアスレティック・ビルバオに戻ると、10シーズンのうち9シーズンで絶対的な先発メンバーとなり、コパ・デル・レイでは2度決勝に進み、1973年大会で優勝した。

1974年3月、0-0に終わったラ・リーガのホームゲーム、FCバルセロナ戦で、アスレティック・ビルバオの選手はスーパースターであるヨハン・クライフに執拗なマンマークを行った。この中でビジャールはクライフにひじ打ちし[2]、4試合の出場停止処分を受けたが、ふたりは後に和解している[3]。1981年に引退するまでに、アスレティック・ビルバオでは350試合以上に出場した。

代表経歴

スペイン代表として22試合に出場し、3得点を記録している。1973年10月17日、トルコのイスタンブールで行われて0-0に終わったトルコとの親善試合でデビューした[4]。1979年12月9日、3-1に終わったUEFA EURO 1980予選のキプロス戦が最後のキャップとなった[5]。なお、ビジャールは主要大会本大会への出場歴はない。

タイトル

現役引退後

脚注

外部リンク

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