アーロン・ポレダ

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生年月日 (1986-10-01) 1986年10月1日(38歳)
身長
体重
6' 6" =約198.1 cm
240 lb =約108.9 kg
アーロン・ポレダ
Aaron Poreda
読売ジャイアンツ時代
(2015年3月1日)
基本情報
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
出身地 カリフォルニア州コントラコスタ郡ウォールナットクリーク
生年月日 (1986-10-01) 1986年10月1日(38歳)
身長
体重
6' 6" =約198.1 cm
240 lb =約108.9 kg
選手情報
投球・打席 左投左打
ポジション 投手
プロ入り 2007年 MLBドラフト1巡目(全体25位)でシカゴ・ホワイトソックスから指名
初出場 MLB / 2009年6月12日
NPB / 2015年3月28日
最終出場 NPB / 2016年4月29日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

アーロン・アンダーモン・ポレダAaron Andermon Poreda, 1986年10月1日 - )は、アメリカ合衆国カリフォルニア州コントラコスタ郡ウォールナットクリーク出身の元プロ野球選手投手)。左投左打。ユダヤ系アメリカ人[1]

プロ入りとホワイトソックス時代

2007年MLBドラフト1巡目(全体25位)でシカゴ・ホワイトソックスから指名され、6月16日に契約[2]。ルーキー級の一つ、パイオニアリーググレートフォールズ・ホワイトソックス英語版で12試合に登板し、4勝0敗・防御率1.17だった。

2008年はA+級(カロライナリーグ)ウィンストン・セイラム・ワートホッグス英語版で12試合に登板し、5勝5敗・防御率3.31だった。6月にAA級(サザンリーグ)バーミングハム・バロンズへ昇格。15試合に登板し、3勝4敗・防御率2.98だった。

2009年はAA級バーミングハムで11試合に登板し、5勝4敗・防御率2.38だった。6月9日にホワイトソックスとメジャー契約を結び[3]、6月12日のミルウォーキー・ブルワーズ戦でメジャーデビュー。7月22日にAAA級(インターナショナルリーグ)シャーロット・ナイツへ降格した。7月25日のデトロイト・タイガース戦では、同点の延長13回から登板。1回を無安打無失点に抑え、直後の13回裏にホワイトソックスがサヨナラ勝ちしたため、メジャー初勝利を挙げた。ホワイトソックスでは10試合に登板し、1勝0敗、防御率2.45だった。

パドレス時代

2009年7月31日にジェイク・ピービーとのトレードで、クレイトン・リチャードアダム・ラッセル英語版デクスター・カーターと共にサンディエゴ・パドレスへ移籍した[4]。移籍後はAAA級(パシフィックコーストリーグ)ポートランド・ビーバーズで7試合に登板し、0勝3敗・防御率7.16だった。9月8日にメジャーへ昇格[5]。パドレスでは4試合に登板し、防御率3.86だった。

2010年3月3日にパドレスと1年契約に合意[6]。3月15日にAAA級ポートランドへ異動した[7]。AA級(テキサスリーグ)サンアントニオ・ミッションズで開幕を迎え、19試合に登板。0勝1敗・防御率2.52だった。6月にAAA級ポートランドへ昇格。20試合に登板し、1勝1敗・防御率4.97だった。

2011年2月27日にパドレスと1年契約に合意[8]。3月11日にAAA級ツーソン・パドレス[9]へ異動し[10]、そのまま開幕を迎えた。6月13日にDFAとなり[11]、16日に40人枠を外れる形でAAA級ツーソンへ降格した。この年はAAA級ツーソンで41試合に登板し、4勝3敗・防御率5.43だった。

パイレーツ傘下時代

2011年12月のルール・ファイブ・ドラフトピッツバーグ・パイレーツから指名され移籍した[12]

2012年はAA級(イースタンリーグ)アルトゥーナ・カーブでプレーしたが、左肘の故障で3試合の登板にとどまり2勝0敗・防御率2.25だった。オフの10月にトミー・ジョン手術を行った。

2013年3月12日に放出され、前年の手術の影響でシーズンを全休した。

レンジャーズ時代

2013年10月17日にテキサス・レンジャーズとマイナー契約を結んだ。

テキサス・レンジャーズ時代
(2014年6月30日)

2014年はAAA級ラウンドロック・エクスプレスで開幕を迎え、5試合に登板後、4月18日にレンジャーズとメジャー契約を結んだ[13]。その後、5年振りにメジャーで登板した。最終的に、怪我に続出したチーム事情もあり、自己最多の26試合に登板した。オフの11月20日にウェイバーで放出された[14]

巨人時代

2014年11月25日に同僚のマイルズ・マイコラスと共に読売ジャイアンツと契約した事が発表された。背番号は「49」[15]

2015年3月28日の横浜DeNAベイスターズ戦で初登板・初先発したが負け投手となった[16]。4月4日の阪神タイガース戦で、初勝利を記録した[17]。シーズンでは5月末まで5勝1敗だったが6月以降は全く打線の援護に恵まれず8勝に留まるも、安定した投球を見せ24試合に登板して規定投球回にも到達しリーグ8位となる防御率2.94を記録した。特に阪神に相性が良く5勝(2敗)をマークし阪神キラーと呼ばれる様になった。巨人の外国人左腕投手の規定投球回到達は2001年のダレル・メイ以来14年ぶりで、自前の左腕外国人に限定すると1977年のクライド・ライト以来38年ぶりである。チームのリーグ2位で迎えたCSファーストステージでの阪神戦では第3戦に先発し、6回0/3を1失点の好投で勝利投手となり、ファイナルステージ進出に貢献した[18]。しかし、ファイナルステージでの東京ヤクルトスワローズ戦では第4戦に先発したが2回3失点でKOされ、チームもそのまま敗れ2年連続でCS敗退した[19]。12月25日に巨人と1年契約を結んだことが発表された[20]

2016年も先発ローテーション入りし、3月29日のDeNA戦でシーズン初登板で初勝利を挙げチームの開幕4連勝に貢献する。しかし、4月5日の阪神戦ではボークなどが絡みKOされ敗戦投手になると、その後の登板でも制球難に陥り4月30日に一軍登録を抹消された[21]。その後は左脇腹痛もあり、一時帰国するなどしたため一軍昇格できないままシーズンを終えた。結局わずか5試合で1勝3敗・防御率4.00に終わった。12月2日に自由契約となり巨人を退団した[22]

詳細情報

年度別投手成績





















































W
H
I
P
2009 CWS 10000010001.0004911.0908111220332.451.55
SD 400000000----122.110500000113.862.57
'09計 14000010001.0006113.110013111220442.701.73
2014 TEX 2600002104.6679721.1302711211014145.911.73
2015 巨人 24240008800.500619147.0133646281015657482.941.22
2016 550001300.25012127.02501902190215124.001.63
MLB:3年 4000004104.75015834.24022022333018184.671.73
NPB:2年 292900091100.450740174.01586652101205872603.101.28
  • 2017年度シーズン終了時
  • 各年度の太字はリーグ最高

記録

NPB投手記録
NPB打撃記録

背番号

  • 49 (2009年 - 同年途中、2014年 - 2016年)
  • 43 (2009年途中 - 同年終了)

登場曲

  • 「Sail」AWOLNATION(2015年)

脚注

関連項目

外部リンク

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