イクチ

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イクチは、日本に伝わる海の妖怪津村淙庵による『譚海』、根岸鎮衛による『耳袋』などの江戸時代随筆に記述がある。鳥山石燕の「あやかし」画も、この妖怪を描いたものとされる。

鳥山石燕今昔百鬼拾遺』の「あやかし」。イクチに同定される。

全長はとてつもなく長く、夜になると船を乗り越えてくるが、1、2刻(あるいは2、3日)の長時間をかけてやっと船を越えおえるという。後には大量の油を残し、汲みださないと沈没するとされる。

譚海の記述

『譚海』によれば「ゐくち」は常陸国(現・茨城県)の沖にいた全長の長い怪魚とされる。夜のみにしか見られたためしはなく、船をよじり超えて長い時間をかけて通過してゆく。体表からは粘着質の油が大量に染み出し、乗られた船はこれを汲み取らないと沈没してしまう。油は「フノリ」状で、後には甲板はヌルヌルとなり、前にも後ろにも歩きづらくなる[1][2]

太さはさほどでもないが、体長が数百(100丈=333メートル)にも及ぶため、通過するのに1、2(3時間弱[2])もかかる[注 1][1]

耳袋の記述

『耳袋』ではいくじの名で述べられており、西海や南海に時折現れ、船の舳先などに引っかかり、2,3日もそこでうごめいているとする。色がウナギのようで、体は長い[4][5]

「いくじなき」とい定句はこの「いくじ」が由来だとされている[4]

著者は、某人物からこの「いくじ」の小さい個体が、豆州八丈(現・東京都八丈島)の海にみつかり、それは「ウナギ状のものだが、目や口がなく、輪っかのように丸まる」と聞いている。そのことから(大型・成体)も船の舳先に垂れ下がるのではなく、実際は輪っかが丸くなり回転するのだ、との見解を述べている[4][5]

石燕のあやかし

鳥山石燕は『今昔百鬼拾遺』で「あやかし」の名で巨大な海蛇を描いている。その添え書きによれば、西国の海上に現れて船に乗りあがり、この「長いもの」[注 2]が船を越えきるまで2、3日もかかる。おびただしい量の油を出し、船員がこれを汲み干せば大事に至らないが、それをせねば沈没するという[7][8]

描写が一致するので、これは実際はイクチの絵だと考察される[6][9][10]。また「あやかし」という名称は大雑把な総称にすぎず、あらゆる海の怪異をさす言葉である[9][10]

考察

石燕による妖怪画が未確認生物(UMA)のシーサーペントと酷似していることから、イクチをシーサーペントと同一のものとする指摘もある[11]

怪魚ではなく、未確認の巨大なウミヘビの一種であるとの仮説もみられる[12]

また石燕の英訳者らは「あやかし」の「長いもの」を、一本の「巻きひげ」、すなわち触手ととらえており、頭足類の化け物(巨大タコや巨大イカ)とされる、西洋のクラーケン伝説を、江戸人が知りえて取り入れたのではないかと考察する[6][注 3][注 4]

また、海で溺死した人間たち(亡霊・魂)が集まったのがイクチであり、仲間を道ずれにしようとしているのだ、という俗信があるとの指摘もある[15]

脚注

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