イシュー・スミス
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| 基本情報 | |
|---|---|
| 本名 | イシュー・オルワ・カマウ・アリ・スミス |
| 通称 | Sugar Shay |
| 階級 | スーパーウェルター級 |
| 身長 | 178cm |
| リーチ | 180cm |
| 国籍 |
|
| 誕生日 | 1978年7月22日(47歳) |
| 出身地 | ネバダ州ラスベガス |
| スタイル | オーソドックス |
| プロボクシング戦績 | |
| 総試合数 | 40 |
| 勝ち | 29 |
| KO勝ち | 12 |
| 敗け | 11 |
イシュー・スミス(Ishe Smith、1978年7月22日 - )は、アメリカ合衆国の元プロボクサー。ネバダ州ラスベガス出身。元IBF世界スーパーウェルター級王者。トレーナーはフロイド・メイウェザー・ジュニアの叔父ロジャー・メイウェザー。
初のラスベガス出身世界王者である。
2000年7月29日、プロデビュー。
2004年9月12日、後に世界2階級制覇を果たすランドール・ベイリーとWBCアメリカ大陸・USBA・NABO北米ウェルター級王座決定戦を行い、2回にダウンを奪うとそのまま有利に進め判定勝ちを収め、下部3団体統一王座になった。
2004年9月12日、NBCが全米に放送したザ・コンテンダーの準決勝でセルヒオ・モラと対戦し、1-2の判定負け。しかしこの試合がきっかけで、当時無名だったスミスの名が一気にブレイクすることとなった。
2009年8月22日、テキサス州ヒューストンのトヨタセンターにて18戦全勝のダニエル・ジェイコブスとNABO北米ミドル級王座決定戦を行うも、0-3の判定負け。
2010年7月16日、フェルナンド・ゲレーロとNABF北米ミドル級王座決定戦を行うも、0-3の判定負けを喫し再起に失敗した。
2013年2月23日、デトロイトのジョー・ルイス・アリーナにてIBF世界スーパーウェルター級王者のコーネリアス・バンドレイジとIBF世界同級タイトルマッチを行い、12回3-0(116-111×2、114-114)の判定勝ちを収め王座獲得に成功した[1]。
2013年7月19日、IBF世界スーパーウェルター級2位のカルロス・モリーナ(メキシコ)と指名試合を行う予定であったが、スミスがトレーニング中にカットしてしまい試合は中止となった[2]。
2013年9月14日、MGMグランド・ガーデン・アリーナにてフロイド・メイウェザー・ジュニア対サウル・アルバレスの前座でIBF世界スーパーウェルター級2位のカルロス・モリーナと延期されていたIBF世界同級タイトルマッチを行うも、12回1-2(111-117、112-116、116-112)の判定負けを喫し初防衛に失敗、王座から陥落した[3]。
2014年5月2日、ラスベガスのハードロック・ホテル&カジノ内ザ・ジョイントでWBA世界スーパーウェルター級王者エリスランディ・ララと対戦する予定だったが、ララがサウル・アルバレスと対戦することが急遽決定したため相手をライアン・デービスに変更して2回KO勝利を収めた。
2014年12月12日、テキサス州サンアントニオのアラモドーム・イリュージョン・シアターにて、WBA世界スーパーウェルター級王者エリスランディ・ララとWBA世界同級タイトルマッチを行うも、12回0-3(109-119×2、111-117)の判定負けを喫しIBFに続く王座返り咲きに失敗した[4]。
2016年1月12日、WBCがWBC世界スーパーウェルター級王座挑戦者決定4人制トーナメントの1回戦でWBC世界スーパーウェルター級9位のホセ・コタと対戦するよう指令を出した[5]。
2017年11月18日、ザ・コスモポリタン内チェルシー・ボール・ルームにてジュリアン・ウィリアムズと対戦し、10回0-3(91-99、92-98、93-97)の判定負けを喫した[6]。
2018年5月11日、ラスベガスのサムズ・タウン・ホテル・アンド・ガンブリング・ホール内サムズ・タウン・ライブにてトニー・ハリソンと対戦し、10回1-2(92-97、93-96、95-94)の判定負けを喫した[7]。
2019年2月9日、カリフォルニア州カーソンのディグニティ・ヘルス・スポーツ・パークにて、エリクソン・ルビンと対戦するも、3回終了時にスミスが棄権し初のKO負けとなるTKO負けを喫した[8]。試合から1時間後に引退を表明した[9]。