ゲレは大統領任期を通じて、家族を政治的、経済的な重要な地位に就かせるよう努めてきた。中心的な役割を担っているのは、事実上の副大統領を務める妻のカドラ・マハムード・ハイドと、国のビジネス活動に深く関与するファトゥマ・アウォの2人の娘である。彼の義理の息子であるジャマ・エルミ・オキエは保健大臣である。
大統領の異母兄弟の一人であるサード・オマル・ゲレは、経済的に最も重要なジブチ港の総支配人であり、いとこであるジャマ・アリ・ゲレは1986年から国営電力会社ジブチ電力 (EDD) の局長を務めている。
国家機能と支配一族のこの複雑なあいまいさのおかげで、ゲレは警察、軍、その他の治安部隊に対する強力な支配力の助けを借りて、国の政治、経済、司法問題を厳格に統制することができた。これにより、「すべての公務に対するゲレ一族の支配が広まった」ことが保証された。
2004年にジブチの米国大使館から送られ、ウィキリークスで公開されたメッセージでは、ジブチは「イスマイル・オマル・ゲレという一人の男が支配する商業都市国家」と表現されていた。
ゲレが推し進めた港湾と物流インフラへのFDI主導の政策は安定した経済成長をもたらした一方、輸出が少なく雇用創出の機会が少ないサービス依存型で資本集約型の経済を生み出した。2015年の雇用調査によると、ジブチの失業率は39%で、生産年齢人口のわずか25%しか雇用されていなかった。
他方で、多くの先進国との軍事的な同盟により治安の安定化にも成功。土地や資源が皆無であるという現状を逆手に取ったジブチは、比較的治安が安定しており、積極的な外資誘致や中国企業の進出により開発発展を支えている。またゲレは、ジブチを「アフリカのシンガポール」にするとし、人民行動党による開発独裁を見習っているとされ、ゲレ自身も公式演説でシンガポールの道を辿ることに頻繁に言及している(「アフリカのシンガポール」という戦略は、隣国エリトリアの大統領イサイアス・アフェウェルキも公式に掲げている)。