イスマエル・カストロ
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| 基本情報 | |
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| 国籍 |
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| 出身地 | ボリーバル県カルタヘナ |
| 生年月日 | 1983年8月14日(41歳) |
| 身長 体重 |
5' 9" =約175.3 cm 193 lb =約87.5 kg |
| 選手情報 | |
| 投球・打席 | 右投右打 |
| ポジション | 二塁手、三塁手、遊撃手 |
| 経歴(括弧内はプロチーム在籍年度) | |
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| 国際大会 | |
| 代表チーム |
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| WBC | 2013年 |
この表について
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イスマエル・ガンボア・カストロ(Ismael Gamboa Castro、1983年8月14日 - )は、コロンビアのボリーバル県カルタヘナ出身の元プロ野球選手(内野手)。
プロ入りとマリナーズ傘下時代
1999年にシアトル・マリナーズとマイナー契約を結び、プロ入り。
2000年と2001年は、ベネズエラン・サマーリーグでプレーしていた[1]。
2002年は、傘下ショートシーズンA級エバレット・アクアソックスで66試合に出場し、打率.313、9本塁打、46打点、89安打を記録した[1]後、傘下A+級サンバーナーディーノ・スタンピードへ昇格。6試合に出場し、打率.150、0本塁打、2打点、3安打を記録した[1]。
2003年は、この年からチーム名前が変わったインランド・エンパイア・シックスティシクサーズで98試合に出場し、打率.275、3本塁打、25打点、90安打を記録した[1]。
2004年も、傘下A+級インランド・エンパイアで16試合に出場し、打率.303、2本塁打、10打点、20安打を記録した[1]。
2005年は、傘下AA級サンアントニオ・ミッションズで115試合に出場し、打率.264、9本塁打、51打点、111安打を記録した[1]。
2006年は、傘下AA級サンアントニオで31試合に出場し、打率.241、1本塁打、9打点、27安打を記録した[1]後、傘下AAA級タコマ・レイニアーズへ昇格。49試合に出場し、打率.303、4本塁打、21打点、53安打を記録した[1]。AAA級で好成績であったが再契約は果たせず、同年限りでマリナーズを退団した。
独立リーグ時代
2007年は、独立リーグのサウス・コースト・リーグのメイコン・ミュージックと契約を結んだ。83試合に出場し、打率.332、9本塁打、73打点、101安打を記録した[1]。同年限りでリーグが解散した。
2008年は、独立リーグのカナディアン・アメリカン・リーグのナシュア・プライドと契約を結んだ。82試合に出場し、打率.300、2本塁打、46打点、94安打を記録した[1]。
2009年は、独立リーグのゴールデンベースボールリーグのユマ・スコーピオンズと契約を結んだ。ここには、同じコロンビア出身のエミリアーノ・フルートや、後の第3回WBC予選のコロンビア代表に選出され一緒にプレーするクリスチャン・メンドーサ、ロナルド・ラミレス、イェシド・サラザール、レイナルド・ロドリゲス、ディオベル・アビラらコロンビア人選手が多く所属していた[2]。73試合に出場し、打率.317、6本塁打、21打点、88安打を記録した[1]。
2010年は、同リーグのチコ・アウトローズと契約を結んだ。37試合に出場し、打率.331、2本塁打、22打点、50安打を記録した[1]。
アウトローズ退団後は、母国コロンビアのリーガ・コロンビアーナ・デ・ベイスボル・プロフェシオナルのティグレス・デ・カルタヘナなどでプレー。
また2012年11月には、第3回WBC予選のコロンビア代表に選出された[3]。
現役引退後
2019年にセントルイス・カージナルス傘下ルーキー級ドミニカン・サマーリーグ・カージナルスのコーチに就任した[4]。