ディルソン・ヘレーラ

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生年月日 (1994-03-03) 1994年3月3日(31歳)
身長
体重
5' 10" =約177.8 cm
150 lb =約68 kg
ディルソン・ヘレーラ
Dilson Herrera
ニューヨーク・メッツ時代
(2014年9月10日)
基本情報
国籍  コロンビア
出身地 ボリーバル県カルタヘナ
生年月日 (1994-03-03) 1994年3月3日(31歳)
身長
体重
5' 10" =約177.8 cm
150 lb =約68 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 二塁手遊撃手
プロ入り 2010年 アマチュアFA
初出場 2014年8月29日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)
国際大会
代表チーム コロンビアの旗 コロンビア
WBC 2023年

ディルソン・ホセ・ヘレーラ・ガルシアDilson Jose Herrera Garcia1994年3月3日 - )は、コロンビアボリーバル県カルタヘナ出身のプロ野球選手内野手)。右投右打。現在は、フリーエージェント(FA)。

ニューヨーク・メッツ球団史上初のコロンビア出身の選手である[1]

プロ入りとパイレーツ傘下時代

2010年ピッツバーグ・パイレーツと契約を結び、プロ入りを果たした[2]

2011年に傘下のルーキー級ベネズエラン・サマーリーグ・パイレーツでプロデビュー。65試合に出場して打率.308、2本塁打、27打点、66安打を記録した[3]

2012年はルーキー級ガルフ・コーストリーグ・パイレーツでプレーし、53試合に出場して打率.281、7本塁打、27打点、56安打を記録した[3]。その後、A-級ステート・カレッジ・スパイクスへ昇格し、7試合に出場して打率.321、1本塁打、2打点、9安打を記録した[3]。オフの11月に第3回WBC予選のコロンビア代表に選出された[4]

2013年はA級ウェストバージニア・パワーで好成績を記録し、チームメイトのグレゴリー・ポランコと共にオールスター・フューチャーズゲームの世界選抜に選出された[5]。A級ウェストバージニアでは109試合に出場して打率.265、11本塁打、56打点、112安打を記録した[3]

メッツ時代

2013年8月27日にマーロン・バードジョン・バックとのトレードで、ニューヨーク・メッツへ移籍した(後日、ビック・ブラックがメッツへ移籍した[6]。)[7]。移籍後はA級サバンナ・サンドナッツでプレーし、7試合に出場して打率.316、4打点、6安打を記録した[3]

2014年はA+級セントルーシー・メッツで開幕を迎え、67試合の出場で打率.307、3本塁打、23打点、87安打を記録した[3]。その後、AA級ビンガムトン・メッツへ昇格し、61試合の出場で打率.340、10本塁打、48打点、82安打を記録した[3]。8月28日にダニエル・マーフィーの怪我に伴い、メジャー契約を結んでアクティブ・ロースター入りした[8]。翌29日のフィラデルフィア・フィリーズ戦で守備に就き、メジャーデビューを果たした[9][10]。さらに30日同カードで、ジェローム・ウィリアムズからメジャー初安打を記録した[11][12]。9月1日のマイアミ・マーリンズ戦でヘンダーソン・アルバレスからメジャー初本塁打を放った[13]。この年コロンビア人選手で唯一メジャーデビューを果たした選手となった。メジャーでは18試合に出場にとどまり、打率.220、17三振を喫したが、13安打で3本の本塁打を放ち、11打点を記録した。二塁手の守備は、17試合で3失策を犯して守備率.963だった。

2015年は31試合に出場。打率こそ.211にとどまったが、19安打で7本の長打を放った。

2016年3月11日に第4回WBC予選のコロンビア代表に選出されたことが発表され[14]、2大会連続2度目の選出となった。5月16日に右手中指の骨折で故障者リストに入って以降、メジャーでの出場はなく、6月30日にマイナー・オプションでAAA級ラスベガス・フィフティワンズに配属された。シーズンでは開幕からマイナー・オプションでAAA級ラスベガスに配属された[15]

レッズ時代

2016年8月1日にジェイ・ブルースとのトレードで、マックス・ウテル英語版と共にシンシナティ・レッズへ移籍した。8月2日にマイナー・オプションでAAA級ルイビル・バッツに配属された。この年はメジャーでの出場はなく、マイナーのみでプレー。メッツ傘下時代と合算で110試合に出場し、打率.274、15本塁打、64打点、7盗塁という成績を残したが、盗塁死が9と成功数を上回った。守備では、二塁手として91試合で守りに就き、6失策、守備率.986を記録した。

2017年シーズンもメジャーでの出場は無く、マイナーではAAA級ルイビルでプレーし、68試合に出場して打率.264、7本塁打、42打点、2盗塁を記録した。また、8月には右肩を手術している。

2018年3月13日に40人枠外となり、マイナー契約に切り替わってAAA級ルイビルへ配属された[16]。シーズンでは開幕からA+級デイトナ・トーテュガスとAAA級ルイビルでプレーし、7月6日にメジャー契約を結んでアクティブ・ロースター入りした[17]。オフの11月2日にFAとなった[15]

メッツ傘下時代

2018年11月29日にニューヨーク・メッツとマイナー契約を結び、2019年スプリングトレーニングに招待選手として参加することになった。

2019年は開幕からAAA級シラキュース・メッツでプレー。7月3日に一度自由契約となったが、5日に再びマイナー契約を結んだ。AAA級シラキュースでは117試合に出場して打率.248、24本塁打、64打点、12盗塁を記録した。 9月1日にFAとなった[15]

オリオールズ時代

2019年12月5日にボルチモア・オリオールズとマイナー契約を結んだ[18]

2020年9月1日にメジャー契約を結んでアクティブ・ロースター入りした[19]。9月8日にDFAとなり[20]、12日に自由契約となった[15]

ブルージェイズ傘下時代

2021年4月9日にメキシカンリーグタバスコ・キャトルメンと契約を結んだ[21]が、メキシカンリーグ開幕前の4月28日にトロント・ブルージェイズとマイナー契約を結んだ[15]。AAA級バッファロー・バイソンズでは53試合に出場し、打率.215、10本、27打点の成績に終わり、8月15日に自由契約となった[15]

独立リーグ時代

2022年4月13日にアトランティックリーグスタテンアイランド・フェリーホークスと契約した[22]

メキシカンリーグ時代

2023年は、開幕前の3月に開催された第回WBCコロンビア代表に選出された[23]。4月5日にリーガ・メヒカーナ・デ・ベイスボル(メキシカンリーグ)カンペチェ・パイレーツと契約した[24]。開幕から9試合に出場したが、打率.200、0本塁打、2打点という成績に終わり、5月11日に自由契約となった[15]

2024年2月19日に北米独立リーグであるアメリカン・アソシエーションファーゴ・ムーアヘッド・レッドホークスと契約したが、1試合も出場することになく5月18日に自由契約となった。7月5日にメキシカンリーグのベラクルス・イーグルスと契約[25]。19試合に出場したが、打率.204、3打点という成績に終わり、シーズン終了後に自由契約となった。

詳細情報

年度別打撃成績

















































O
P
S
2014 NYM 18665961301324110000700173.220.303.407.710
2015 311039071931333620001112232.211.311.367.677
2018 CIN 539787111650536110000802390.184.268.414.682
2020 BAL 3650000000000000140.000.167.000.167
MLB:4年 10527224124488211932820002615835.199.290.386.676
  • 2025年度シーズン終了時

WBCでの打撃成績

















































2023 コロンビア 3441100141000000020.250.2501.000

年度別守備成績



一塁(1B)二塁(2B)三塁(3B)中堅(CF)
















































2014 NYM -172949316.963--
2015 -295385219.986--
2018 CIN 110001.000131417041.000414001.000-
2020 BAL 2111001.000--10000.---
MLB 3121001.0005996151539.980414001.00010000.---
  • 2025年度シーズン終了時

記録

MiLB

背番号

  • 2(2014年 - 2015年途中、2020年)
  • 16(2015年途中 - 同年終了)
  • 15(2018年)

代表歴

脚注

関連項目

外部リンク

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