イズヴェスティア
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| イズヴェスティア | |
|---|---|
| 欧字表記 | Izvestia[1][2] |
| 品種 | サラブレッド[1] |
| 性別 | 牡[1][2] |
| 毛色 | 芦毛[1][2] |
| 生誕 | 1987年5月5日[1] |
| 死没 | 1991年10月20日(4歳没) |
| 父 | Icecapade[1][2] |
| 母 | Shy Spirit[1][2] |
| 母の父 | パーソナリティ[1][2] |
| 生国 |
|
| 生産者 | キングヘイヴンファーム[1] |
| 馬主 | キングヘイヴンファーム[1] |
| 調教師 | ロジャー・アトフィールド(カナダ)[1] |
| 競走成績 | |
| タイトル |
カナダ競馬殿堂(1999年選出)[3] ソヴリン賞 年度代表馬・最優秀芝馬・最優秀3歳牡馬(1990年)[1] |
| 生涯成績 | 21戦11勝[1][2] |
| 獲得賞金 | 270万2527ドル(換算)[1] |
| 勝ち鞍 |
クイーンズプレート(1990年) プリンスオブウェールズステークス(1990年) ブリーダーズステークス(1990年) G2:カナディアンクラブターフハンデキャップ(1991年) G2:モルソンエクスポートミリオン(1990年) G3:エクリプスハンデキャップ(1991年) G3:フォアランナーステークス(1990年) |
イズヴェスティア(Izvestia)[2]とはカナダの競走馬。主な勝ち鞍に1990年にカナダ三冠競走(クイーンズプレート、プリンスオブウェールズステークス、ブリーダーズステークス)など。1990年のソヴリン賞年度代表馬・最優秀芝馬・最優秀3歳牡馬に選出されたが、レース中の事故により他界した。1999年にはカナダ競馬の殿堂に選出された。
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1989年9月24日、ウッドバイン競馬場でのメイドン競走でデビューし、1着。次戦のコロネーションフューチュリティは6着に終わって、2歳時は2戦して1勝にとどまる。3歳となった1990年、初戦のアローワンス競走を2着としたのちキーンランド競馬場に向かい、トランシルヴァニアステークス1着を経て出走のG3競走フォアランナーステークスを勝って重賞初制覇。カナダに戻って2戦し2勝ののちカナダ三冠路線を戦い、クイーンズプレート、プリンスオブウェールズステークスおよびブリーダーズステークスを制して三冠を達成。9月のモルソンエクスポートミリオンも勝って8連勝を記録。ベルモントパーク競馬場に遠征するもジョッキークラブゴールドカップステークス3着、ブリーダーズカップ・クラシックも6着に終わったが、3歳時は11戦してカナダ三冠を含む8勝を挙げ、ソヴリン賞には年度代表馬・最優秀3歳牡馬・最優秀芝馬の3部門で選ばれた。
1991年は3月ガルフストリームパーク競馬場のG2競走カナディアンクラブターフハンデキャップから始動してこれに勝利し、5月ウッドバイン競馬場のG3競走エクリプスハンデキャップも勝って重賞連勝とするが、その後は勝てない競馬が続き、その状態のまま10月20日のロスマンズインターナショナルステークスに出走してレース中に骨折し、死亡した[3]。
没後の1999年に、カナダ競馬名誉の殿堂の殿堂馬として選出された[3]。