インガ・ダム
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インガ・ダムは3つのダムの複合計画として立案された。まずコンゴ川本流から分かれた支流・ンココロ谷(標高125m)がコンゴ川に再び合流する地点にインガ1ダム(落差55m)を、そのまた支流にインガ2ダム(落差60m)を建設する。両ダムあわせて1424メガワットの発電量が見込まれる。ここまでが第一段階である。さらにンココロ谷からコンゴ川本流に水路を掘削し、そこに発電所を建設するのがインガ3ダム(落差65m)計画であった。
さらに、コンゴ川本流に200mの高さのダムを建設して流路を変え、本流に平行する涸れ谷に水を満たし、再びコンゴ川本流に戻る標高45mの地点にダムを建設し、落差155mを得る巨大プロジェクト、グランド・インガ計画も想定されていた。
インガ1ダム及びインガ2ダムはモブツ・セセ・セコ時代のザイールで1974年に完成したが、インガ3ダムはコンゴの政治的経済的混乱のため現在に至るまで着工されていない。しかし、完成すれば4500メガワットの発電量が見込めるため、南アフリカやボツワナなどの南部アフリカ諸国によって計画が推進されている。グランド・インガ計画は2004年に計画が再始動した(後述)。
歴史
インガにはもともとインガ滝という滝があり、12km流れる間に96mも高度を下げる。そのためこの地は激流渦巻く難所として知られ、もちろん船の航行もできないため、ヘンリー・モートン・スタンリーが探検に成功するまで400年近くヨーロッパ人の侵入を阻んできた。
ベルギーがこの地域を植民地化し、マタディ・キンシャサ鉄道の建設で河川に代わる輸送手段が確保されると、ベルギーはこの地域での発電の可能性に着目した。コンゴ川は熱帯雨林を流れ、しかも赤道直下の多雨地帯に流域が位置するため一年中ほぼ変わらない膨大な流量がある。そしてインガの地形と落差から、この地にダムを建設すれば巨大な発電量を得ることができると計算された。
1920年代には調査が始まり、第二次世界大戦で一時中断したものの、1957年には建設計画が具体化し、建設に向けた調査が始まった。1960年のコンゴ独立により計画は一時中断したが、コンゴ動乱を最終的に勝ち残ったモブツ・セセ・セコの政権のもと、1966年に工事が始まり、1974年にインガ1及びインガ2の発電所が完成した。
しかし、ここで発電された電力を使用するプロジェクトはコンゴ川河口の製鉄所建設などほぼすべて挫折し、巨大な発電能力を誇りながらもその能力を十全に生かすことはできなかった。代わりにカタンガ州の銅鉱山や精錬工場で電力を使用するため、インガからカタンガ州のコルヴェジにある変電所まで世界最長の送電線が建設され、1982年に送電が開始されたものの、送電線の建設費用がかさみ、発電所自体の建設費を大幅に上回った。


