インスブルック市電60形電車
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| インスブルック市電60形電車 | |
|---|---|
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60(1977年撮影) | |
| 基本情報 | |
| 製造所 | ブレーダ |
| 製造年 | 1943年 |
| 製造数 | 1両(60) |
| 運用開始 | 1944年 |
| 運用終了 | 1977年 |
| 投入先 | インスブルック市電 |
| 主要諸元 | |
| 編成 | ボギー車、両運転台 |
| 軸配置 | Bo'Bo' |
| 軌間 | 1,000 mm |
| 電気方式 |
直流550 V (架空電車線方式) (製造時) |
| 最高速度 | 60 km/h |
| 車両定員 | 116人(着席26人) |
| 車両重量 | 16.5 t |
| 全長 | 13,700 mm |
| 全幅 | 2,160 mm |
| 固定軸距 | 1,800 mm |
| 台車中心間距離 | 6,500 mm |
| 主電動機 | Ansaldo-Marelli MTC 30 |
| 主電動機出力 | 33 kW |
| 出力 | 132 kW |
| 保安装置 | 発電ブレーキ、圧縮空気ブレーキ、手ブレーキ、電磁吸着ブレーキ |
| 備考 | 主要数値は[1][2][3]に基づく。 |
60形は、かつてオーストリア・インスブルックの路面電車であるインスブルック市電で使用されていた車両。イタリア企業が製造した第二次世界大戦中唯一の新造車両で、2023年現在は動態保存が行われている[1][2][3]。
第二次世界大戦中、オーストリアがナチス・ドイツへ併合されていた時期のインスブルック市電には、輸送力の増強に加えて既存の車両の老朽化が重なった事もあり、ドイツ製の新型車両の導入が計画されていた。だが、当時のドイツの企業は軍需産業を優先事項としており、結果的にこれらの導入は行われなかった[1]。
一方、同時期にイタリア・ミラノに鉄道車両の工場を有していたブレーダ(Breda)は、ジェノヴァ市電に導入されたボギー車(900形電車)を基にしたベオグラード市電向けの車両の発注を9両分獲得していた。だが、これらの製造は戦争により中断を余儀なくされ、更にナチス・ドイツの介入によりイタリアの路面電車車両やトロリーバス車両が接収された際、ベオグラード市電向けの新型車両についても1両がインスブルック市電へ割り当てられる事となった。これが、第二次世界大戦中のインスブルック市電唯一の新型車両となった60、通称「ミラノ人(Mailänder)」である[1][2][3][4]。
- 60の基になったジェノヴァ市電900形電車(2017年撮影)
車体両側に2箇所、圧縮空気式の自動扉を有する両運転台式ボギー車で、車内には1人掛けの座席が左右に1列ずつ、合計26人分設置されていた。車体は流線形で、インスブルック市電初の全鋼製車両として導入された。電気機器はイタリアのアンサルドや、スイスのBBCがイタリアに所有していた子会社であるTIBBが担当し、各台車には33 kWの主電動機が2基搭載された。車両の加減速は運転台にあるコントローラーによって操作され、制動レベルに応じて発電ブレーキ、空気ブレーキ、電磁吸着ブレーキが自動的に選択される構造になっていた[2][3]。