インドレク・ペルテルソン

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インドレク・ペルテルソン(Indrek Pertelson 1971年4月21日- )は、エストニアタリン出身の柔道選手。階級は100kg超級。身長193cm。体重112kg[1]

1990年の世界ジュニア95kg級にはソ連代表で出場して3位となった。1992年バルセロナオリンピックにはエストニア代表で出場して5位となった。その後階級を95kg超級に上げて、1993年の世界選手権でも5位となった。1996年アトランタオリンピックでは2回戦でポーランドのラファウ・クバツキに総合負けを喫した。1999年の世界選手権決勝では篠原信一と対戦して、効果でリードしていたものの、終了40秒ほど前に大外刈で一本負けを喫して2位に終わった。2000年シドニーオリンピックでは準決勝でフランスのダビド・ドゥイエ内股で敗れたが3位となった。2003年の世界選手権無差別決勝では鈴木桂治小外掛で一本負けして2位に終わった。2004年アテネオリンピックでは準々決勝でロシアのタメルラン・トメノフ外巻込で敗れたものの、その後持ち直して前回に続いて2大会連続で銅メダルを獲得した。

主な戦績

脚注

外部リンク

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