ウェンブリー・スタジアム (1923)
英国に存在した競技場
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ウェンブリー・スタジアム(Wembley Stadium)は、イングランド・ロンドンのウェンブリー地区に1923年にオープンしたサッカースタジアム。2002年で使用を終了し建て替えられた。当項目では2002年まで使用された施設についてを扱う。新スタジアムはウェンブリー・スタジアムで記す。
| ウェンブリー・スタジアム Wembley Stadium | |
|---|---|
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| 施設情報 | |
| 所在地 |
Empire Way, Wembley, Middlesex. HA9 0DW |
| 位置 | |
| 起工 | 1922年 |
| 開場 | 1923年 |
| 拡張 | 1963年 |
| 閉場 | 2000年 |
| 取り壊し | 2003年 |
| グラウンド | 芝 & トラック |
| ピッチサイズ | 115 x 75 yards |
| 建設費 | £750,000 GBP (1923) |
| 設計者 |
ジョン・シンプソン マックスウェル・アイルトン |
| 旧称 | |
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エンパイア・スタジアム ブリティッシュ・スタジアム | |
| 使用チーム、大会 | |
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サッカーイングランド代表 (1923-2000) 1948 夏季オリンピック | |
| 収容人員 | |
| 82,000人 (originally 127,000人) | |
歴史
1923年4月28日にブリティッシュ・エンパイア・エキシビション・スタジアムとして開場[1](1924年から1925年にかけて開催された大英帝国博覧会の主要施設であったため[2][3][4][5][6][7][8])、同年のFAカップ決勝戦も開催された[9]。
ウェンブリーのシンボルであるツインタワーやナショナル・フットボール・ミュージアムも併設していた。1934年にはウェンブリー・アリーナが完成している。
1948年開催のロンドンオリンピックのメインスタジアムに選ばれ、陸上競技においてフランシナ・ブランカース=クンとエミール・ザトペックの活躍が注目を集めた。そのほかにもホッケーとサッカーの準々決勝および決勝、乗馬、ラクロス(公開競技)の決勝が開催された。 その後、陸上競技場として用いられたダートトラックはドッグレースの会場として利用された。
1966年開催のFIFAワールドカップ決勝では、延長の末イングランドが西ドイツを破り初優勝。エリザベス2世女王からジュール・リメ杯が授与され、イングランド代表の地元優勝に歓喜が沸いた。
1995年開催のアンブロ・カップでは、日本がイングランドと対戦した。
1996年にはユーロ96が開催。ドイツが東西再統一後初優勝。
その後、老朽化のため、2000年のFAカップ決勝(チェルシーVSアストン・ヴィラ)をもって閉場。2003年に取り壊され、2007年に現在のウェンブリー・スタジアムが完成した。
コンサート
コンサート会場としての使用も多かった。1972年8月に行われたロンドン・ロックンロール・ショーを皮切りに、1985年7月13日開催のライヴ・エイドではデヴィッド・ボウイ、クイーン、ポール・マッカートニー、ダイアー・ストレイツ、U2らが出演。1988年には同様のチャリティーコンサートであるヒューマン・ライツ・ナウ!とネルソン・マンデラ生誕70歳トリビュートコンサートが開催された。その他にもマイケル・ジャクソンやマドンナ、クイーン、ジェネシス、ザ・フーなど様々なアーティストが単独ライブを行った。
その他
1971年から1991年の間には女性のフィールドホッケーが度々開催された。
1975年には米国の伝説的なスタントマン、エベル・ニーベルが14台のバスをバイクで飛び越える世界記録に挑戦し、90,000人の観衆を集めたが着地の際に失敗し、ニーベルは重傷を負い、記録更新も叶わなかった。なお、ニーベルはこの事故から数ヶ月にオハイオ州のテーマパーク、キングスアイランドにて14台の記録に再度挑戦し成功、無事に記録を更新している。
1992年にはWWEの夏の大一番と位置づけられているサマースラム92が開催され、格闘技・レスリングイベントとしては当時世界最多人数の80,355人を動員している。