ウォタルー街
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| ウォタルー街 | |
|---|---|
| Waterloo Road | |
| 監督 | シドニー・ギリアット |
| 脚本 | シドニー・ギリアット |
| 原案 | ヴァル・ヴァレンタイン |
| 製作 | エドワード・ブラック |
| 出演者 |
ジョン・ミルズ スチュワート・グレンジャー ジョイ・シェルダン ジーン・ケント アラステア・シム |
| 撮影 | アーサー・クラブトゥリー |
| 編集 | アルフレッド・ルーム |
| 製作会社 | ゲインズボロ・ピクチャーズ |
| 配給 |
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| 公開 |
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| 上映時間 | 73 分 |
| 製作国 |
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| 言語 | 英語 |
| 興行収入 | 522,090人入場(フランス)[2] |
『ウォタルー街』(ウォタルーがい、Waterloo Road)1945年のイギリスの映画で、南ロンドンのウォータールー地区を舞台に、ジョン・ミルズ、スチュワート・グレンジャー、アラステア・シムが主演し、シドニー・ギリアットが監督を務めた。英国映画協会 (BFI) のデータベースによると、この作品は、『Millions Like Us』(1943年)、『Two Thousand Women』(1944年)に続く、ギリアットの「非公式3部作 (unofficial trilogy)」の最後の作品とされている[3]。
キャスト
制作
この映画は、当初は『Blue for Waterloo』という題名が予定されていた[5]。
スチュワート・グレンジャーは、この作品の役柄が、「悪役だが、リアルなキャラクターだった (was a heel, but a real character)」として、気に入っていたことを後に語っている[6]。グレンジャーによれば、この映画はわずか10日間で制作され、その間に彼は『愛の物語』(Love Story) の撮影も掛け持ちしていたという。彼は、ジョン・ミルズとの喧嘩の場面を特に自慢していた[7]。
シドニー・ギリアットは、この作品の完成前に、フィルムを取り上げられたと語っている。まだ屋外での撮影が残っていた段階で、制作は中止された。プロデューサーだったブラックは去り、オストラー家 (the Ostrers) が録音スケジュールの最後になってフィルムを抑えた。しかし、オデオン系列の映画館を運営していたアール・セント・ジョンがこの映画を気に入り、その意向を受けて録音を終えることができた[8]。
ギリアットによれば、アラステア・シムの役柄に、コメンテーターの役回りを振ったのは、オリジナルのヴァル・ヴァレンタインの脚本に基づいてはいるが、自分のアイデアだったという。しかし、ギリアット自身も、これは「少々ゴタゴタしてしまった (proved a bit of a mess)」と認めている[8]。