ジョン・ミルズ
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| ジョン・ミルズ Sir John Mills | |||||||||||||||||||||
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ジョン・ミルズ(1958年頃撮影) | |||||||||||||||||||||
| 本名 | Lewis Ernest Watts Mills | ||||||||||||||||||||
| 生年月日 | 1908年2月22日 | ||||||||||||||||||||
| 没年月日 | 2005年4月23日(97歳没) | ||||||||||||||||||||
| 出生地 | サフォーク | ||||||||||||||||||||
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| 職業 | 俳優 | ||||||||||||||||||||
| ジャンル | 映画、舞台、テレビドラマ | ||||||||||||||||||||
| 配偶者 |
アイリーン・レイモンド (1927-1941) メアリー・ヘイリー・ベル (1941-2005) | ||||||||||||||||||||
| 著名な家族 |
アネット・ミルズ(姉) クリスピアン・ミルズ(孫) | ||||||||||||||||||||
| 主な作品 | |||||||||||||||||||||
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『大いなる遺産』(1946年) 『ライアンの娘』(1970年) | |||||||||||||||||||||
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ジョン・ミルズ(Sir John Mills, 1908年2月22日 - 2005年4月23日)は、英国・サフォーク出身の俳優。1960年に大英帝国勲章、1973年にサーの称号を得ている。
父はワッツ海軍教習学校の主事だった[1] が、本人は早くから俳優を志して、ダンスのレッスンを受けて舞台に立つための準備をしていた。1929年、ロンドンのヒポドローム劇場の舞台のコーラスとしてデビューする以前はブリクストン、ストリーサム、ギルフォードなどでトイレットペーパーのセールスマンをしながら資金を蓄えていたという。順調に俳優としてキャリアを伸ばし、アジア巡業中にノエル・カワードに出会ったことが転機となる。1931年に帰国後は『ロンドンの壁』や『カヴァルケード』など彼の舞台に多く参加、さらにオールド・ヴィク座に進出するなど舞台俳優として頂点を極める存在となる。1933年には映画デビューも果たし、後年出会うデヴィッド・リーン監督作品の常連俳優として顔を出すことになる。戦中からストイックな男性を演じては、何度かイギリスのマネーメイキングスターにも選ばれる。1939年に第二次世界大戦がはじまると従軍するが、1942年に健康状態を理由に除隊[2]。戦後、ハリウッド映画にも進出し、数多くの名作に出演。1970年、『ライアンの娘』では難役を演じてアカデミー助演男優賞を受賞、日本でも顔が知られた。
晩年はアメリカやイギリスのTV作品で主演し親しまれ、現役を貫き2005年、97歳で死去した[3][4]。日本では、アニメ『風が吹くとき』での主演、デボラ・カー主演の『炎のエマ』等が知られる。
作家メアリー・ヘイリー・ベルと結婚、二人の娘ジュリエットとヘイリーは女優となっている。孫(ヘイリーの息子)のクリスピアンはロックバンド、クーラ・シェイカーのメンバー。