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ウォーターフロント

河岸・海岸通の土地、都市開発区域としての港湾・臨海部 From Wikipedia, the free encyclopedia

ウォーターフロント英語: waterfront)は、文字通りには「水辺」あるいは「河岸海岸通の土地」の意味である、マスメディアなどで今日用いられる用語としては、過密化する都市の新たな開発区域としての港湾地区、あるいは臨海部開発で生じた港湾都市を指す。

ウォーターフロント開発の先駆とされるアメリカ・ボルチモアのインナーハーバー地区英語版

世界的な先駆は、アメリカ合衆国ボルチモアとされる。1960年代後半から30年にわた計画のもとに着手され、ショッピングセンターや大型水族館が整備されるに至り、湾岸部が市民や観光客に開放されて賑わいを取り戻した。アメリカ合衆国のその他の成功事例には、サンフランシスコフィッシャーマンズワーフボストン水族館などが挙げられる。

イギリスロンドンにおけるウォーターフロント再開発地区として、ドックランズが知られる。

欧米諸国では1950年代以降、インナーシティ問題を背景に、空洞化した都心隣接部の再開発としてウォーターフロント開発が進められ、ロンドン・ドックランズやボストン港周辺の住宅開発・商業施設整備はその代表例として紹介されてきた[1]。こうした初期の事業は、空洞化した旧港湾地区への新規供給を主眼とする開発として理解されていたが、一定の成果が現れたのちには、地区再生から都市再生へと対象が拡張され、水辺の歴史的建築物の保存、緑地やプロムナードの整備、公共的な親水空間の確保など、市民利用を意識した整備へ重点が移るようになった[1]。港湾都市と水際の関係を扱う研究では、こうした転換の背景として、都心内の旧ドックが大型船舶や拡大した港湾作業を受け止めにくくなり、旧ドックランズが放棄され、より下流側に新しいターミナルが建設される過程が重視されている[2]。さらに、ウォーターフロント再開発の波は西欧で1960年代末から広がり、その後は先進国だけでなく各地の港湾都市へ波及した[2]ボルチモアのインナーハーバー再開発は、1964年から旧港湾地区240エーカーを対象に30年以上の段階的開発として進められ、オフィス、住宅、公共親水空間、水上交通、コンベンション施設、水族館などを組み合わせた複合開発として整理されている[3]。ロンドン・ドックランズでも、1981年から1998年までのLDDCによる再開発が、民間活力を強く導入した都市再開発の典型として注目を集めた[4]。他方で、再開発が大きく進んだのはカナリー・ワーフに近い地域が中心であり、それより東側では交通機関の未整備などを背景に民間立地が進まず、当初意図された産業構造の転換が十分に実現しなかった地域もあった[4]。日本では1980年代以降、水辺への関心の高まりと関連法整備を背景に、ポートアイランドみなとみらい21幕張新都心お台場などの大規模開発が展開され、その多くは住宅、商業、レクリエーションを組み合わせた複合空間として整備された[1]。さらに、日本と欧米の事例を比較した研究では、開発プロセスにおける市民参加の位置付けにも差異があることが論点として示されている[1]。このような事業は、水辺景観の整備だけでなく、港湾機能と都市機能の接続、公民の役割分担、地域差の評価までを含む論点として扱われている[2][4]

なお、臨海部開発に対し、新たな開発区域としての地下を指す用語としてジオフロントがあり、これは「ウォーターフロント」をもじった語である。

日本におけるウォーターフロントブーム

神戸ハーバーランドMOSAIC(手前)とメリケンパーク
青森ベイブリッジ(右奥)とアスパム(左前)が佇む青森ウォーターフロントの夜景

日本において港湾部が注目されはじめたのは、神戸市ポートアイランド1981年)とされる。埋立地のほかにも既存の港湾周辺では、コンテナ化など物流形態の変化による空き倉庫の増加や、工場の移転や撤退などの状況があり荒廃が進んだため、1980年代からは日本国内でも臨海地区の都市再開発による再生が期待された。

その嚆矢となったのは、神戸市1981年に竣工した人工島ポートアイランドであった。ポートアイランドは当時、世界最大の人工島であったが、倉庫街や貨物駅といった古い港湾施設を再開発することで神戸ハーバーランドが誕生した。その2つの事業に対し、今後の都市開発に先人的な役割を果たしたとして、日本都市計画学会石川賞がそれぞれに授与された。神戸市はその後も六甲アイランドHAT神戸マリンピア神戸など、ウォーターフロント開発を活発に行った。

首都圏では、東京都による佃島天王洲臨海副都心お台場有明)・汐留葛西横浜市による横浜みなとみらい21千葉県による幕張新都心などの再開発が行われた。これらの地域はもともと工業・港湾用地として造成されたものだったが、石油危機以降の重厚長大産業の衰退や港湾施設の移転に伴い、商業・住宅用地に計画変更された。芝浦の空き倉庫を改造したディスコレストランライブハウス浦安市東京ディズニーリゾートなども人気を集めたウォーターフロント開発の例である。

大阪市では、天保山ハーバービレッジや南港の咲洲USJといった港湾地区以外に、河川を活用した湊町リバープレイス道頓堀川沿いの「とんぼりリバーウォーク」などの開発がみられる。中之島周辺では、大阪大学医学部附属病院の移転跡地で水都・OSAKA αプロジェクトの再開発が行われた。また大阪府内では堺市堺浜シーサイドステージも知られる。

その他の日本でのウォーターフロント開発の例として、青森市青森ウォーターフロント釧路市釧路フィッシャーマンズワーフMOO小樽市ぱるて築港名古屋市ガーデン埠頭金城埠頭敦賀市金ヶ崎緑地高松市サンポート高松北九州市リバーウォーク北九州北九州市ルネッサンス構想)・門司港レトロ地区、福岡市シーサイドももち長崎市長崎水辺の森公園佐世保市ポートルネッサンス21鹿児島市ドルフィンポートなどが挙げられる。

ギャラリー

日本

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日本国外

脚注

関連項目

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