エディ・カリー
アメリカのバスケットボール選手 (1982 - )
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エディ・アンソニー・カリー・ジュニア(Eddy Anthony Curry Jr., 1982年12月5日 - )は、アメリカ合衆国・イリノイ州ハーベイ出身の元プロバスケットボール選手。ポジションはセンター。
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ニューヨーク・ニックスでのカリー (2007年) | |
| 引退 | |
|---|---|
| 愛称 |
Eddy Picante The Spice |
| 国籍 |
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| 生年月日 | 1982年12月5日(43歳) |
| 出身地 |
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| 身長(現役時) | 213cm (7 ft 0 in) |
| 体重(現役時) | 134kg (295 lb) |
| キャリア情報 | |
| 高校 | ソーンウッド高校 |
| NBAドラフト | 2001年 / 1巡目 / 全体4位 |
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シカゴ・ブルズから指名 | |
| プロ選手期間 | 2001–2013, 2018–2019 |
| ポジション | C |
| 背番号歴 | 2, 34, 52 |
| 経歴 | |
| 2001–2005 | シカゴ・ブルズ |
| 2005–2011 | ニューヨーク・ニックス |
| 2011–2012 | マイアミ・ヒート |
| 2012 | ダラス・マーベリックス |
| 2012–2013 | |
| 2018–2019 | |
| 受賞歴 | |
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| 通算成績 | |
| 得点 | 6,820 (12.9 ppg) |
| リバウンド | 2,725 (5.2 rpg) |
| ブロック | 384 (0.7 bpg) |
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Stats NBA.com | |
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Stats Basketball-Reference.com | |
経歴
少年時代は体操競技選手になることを夢見ていた。ソーンウッド高校を卒業後、大学には進まず2001年のNBAドラフトでシカゴ・ブルズから1巡目4位指名でNBA入り。同じく高卒で同じ年にブルズに入団したタイソン・チャンドラーと共に将来を嘱望され、ブルズの伝説的スター、マイケル・ジョーダンの背番号「23」にあやかって、カリーは「2」、チャンドラーは「3」の背番号を付けていた。技術は未熟ながらも大柄な体格を活かし、ゴール下では抜群の得点力を発揮。2年目の2002-2003シーズンにはフィールドゴール成功率はリーグトップの58.5パーセントを記録した。2004-05シーズンにはブルズのマイケル・ジョーダン時代以来のプレイオフ進出に貢献するが、2005年3月に不整脈が発覚し、以降シーズン終了までの13試合を欠場。プレイオフも全て欠場し、チームはカリーの不在もあってプレイオフ1回戦で敗退した。FAとなっていたカリーに、ブルズは契約のためにも遺伝子検査を要求。検査で異常が見つかり、引退を余儀なくされた場合には、ブルズは毎年40万ドルを50年間支払う意向だったが、カリーは検査を拒否したため、ブルズはカリーの放出を決断した。健康上の不安を抱えるカリーのトレードは難航したが、ニューヨーク・ニックスとの間でカリーを含む5選手が絡んだトレードが成立した。
ニックスでは当時ヘッドコーチであったラリー・ブラウンとの間でチームのエースであったステフォン・マーブリーと共に軋轢が生じ、チーム成績は低迷を極めた。2006-2007シーズンにはゼネラルマネージャーからヘッドコーチに就任したアイザイア・トーマス体制のもと、カリーはチームのリーディングスコアラーとして活躍したが、プレイオフ進出は逃した。翌2007-08シーズンにはニックスが新たに獲得したザック・ランドルフとのコンビが注目を集めたが、上手く共存できず成績は大きく後退。
2008-09シーズンは体重超過や故障などでシーズンをほぼ全休。私生活では元運転手から同性愛を求められたとして訴えられ、また22万ドルの借金でマンションを差し押さえられ、さらに元恋人とその娘が殺害されるという事件(殺害された娘はカリーの子供ではないが、カリーと元恋人との間に生まれた当時3歳の息子は事件現場に居合わせた。容疑者は元恋人の弁護士)も起こり、公私ともに厳しい状況に追いやられている。
2011年2月22日、コーリー・ブリューワーとの交換トレードにより、アンソニー・ランドルフと共に、ミネソタ・ティンバーウルブズへ放出され、すぐに解雇された。同年12月にマイアミ・ヒートと契約し、チャンピオンリングを得たが、FAに伴い事実上の戦力外となり、2012年10月トレーニング・キャンプ時にサンアントニオ・スパーズと契約したがチームには合流せず、その後ダラス・マーベリックスに移籍したが、即解雇され、中国でプレーした後、引退した。
プレースタイル
最大の武器であるフックショットのみで現在の地位を築いた。幅のある巨体はパワーに優れ、ゴール下では抜群の決定力を誇るが、「一度預けたボールは二度と返ってこない」と評されるように、パスアウトという考えは持っていない。また、体格の割にブロックやリバウンドは少なく、ディフェンスへの意識も低い。
個人成績
NBA
レギュラーシーズン
| シーズン | チーム | GP | GS | MPG | FG% | 3P% | FT% | RPG | APG | SPG | BPG | PPG |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 2001–02 | CHI | 72 | 31 | 16.0 | .501 | .000 | .656 | 3.8 | .3 | .2 | .7 | 6.7 |
| 2002–03 | 81 | 48 | 19.4 | .585* | .000 | .624 | 4.4 | .5 | .2 | .8 | 10.5 | |
| 2003–04 | 73 | 63 | 29.5 | .496 | 1.000 | .671 | 6.2 | .9 | .3 | 1.1 | 14.7 | |
| 2004–05 | 63 | 60 | 28.7 | .538 | .000 | .720 | 5.4 | .6 | .3 | .9 | 16.1 | |
| 2005–06 | NYK | 72 | 69 | 25.9 | .563 | .000 | .632 | 6.0 | .3 | .4 | .8 | 13.6 |
| 2006–07 | 81 | 81 | 35.2 | .576 | 1.000 | .615 | 7.0 | .8 | .4 | .5 | 19.5 | |
| 2007–08 | 59 | 58 | 25.9 | .546 | .000 | .623 | 4.7 | .5 | .2 | .5 | 13.2 | |
| 2008–09 | 3 | 0 | 4.0 | 1.000 | .000 | .333 | 1.3 | .0 | .0 | .0 | 1.7 | |
| 2009–10 | 7 | 0 | 8.9 | .381 | .000 | .588 | 1.9 | .0 | .0 | .1 | 3.7 | |
| 2011–12† | MIA | 14 | 1 | 5.9 | .462 | .000 | .750 | .9 | .1 | .0 | .1 | 2.1 |
| 2012–13 | DAL | 2 | 0 | 12.5 | .500 | .000 | .250 | 2.0 | .0 | .0 | .0 | 4.5 |
| 通算 | 527 | 411 | 24.9 | .545 | 1.000 | .642 | 5.2 | .5 | .3 | .7 | 12.9 | |
外部リンク
- 選手の通算成績と情報についてはNBA.com、Basketball-Reference、ESPN、Eurobasket、RealGMを参照