エリス・マルサリス
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| エリス・マルサリス Ellis Marsalis Jr. | |
|---|---|
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エリス・マルサリス(2014年) | |
| 基本情報 | |
| 生誕 | 1934年11月14日 |
| 出身地 |
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| 死没 |
2020年4月1日(85歳没) |
| ジャンル | ジャズ、クラシック |
| 職業 | ミュージシャン、教育者 |
| 担当楽器 | ピアノ |
| 活動期間 | 1949年 - 2020年 |
| レーベル | Elm、ブルーノート、コロムビア、ソニー、AFO |
| 公式サイト |
ellismarsalis |
エリス・マルサリス[1](Ellis Marsalis Jr.、1934年11月14日 - 2020年4月1日)は、アメリカのジャズ・ピアニスト、教育者。1940年代後半から活動し、息子のブランフォードとウィントンが人気ジャズ・ミュージシャンとなった1980年代と1990年代に、マルサリス音楽一家の家長としてより大きな注目を集めた。
ルイジアナ州ニューオーリンズで、フローレンス・マリー(旧姓ロバートソン)と実業家で社会活動家のエリス・マルサリス・シニアの息子として生まれた[2][3]。マルサリスと妻ドロレス・フェルディナンド・マルサリスには、ブランフォード、ウィントン、エリス3世、デルフィーヨ、ムボヤ、ジェイソンという6人の息子がいた。ブランフォード、ウィントン、デルフィーヨ、ジェイソンはジャズ・ミュージシャンとなった[4]。エリス3世は、詩人であり写真家でもある[5]。
マルサリスは高校時代にテナー・サクソフォーンとピアノを演奏し、ピアニストのロジャー・ディッカーソンを含むR&B・バンドに加入して地元で演奏していた。高校卒業後、マルサリスは海兵隊に1年間勤務し、任務の大半をピアノ演奏に費やした。その後、ディラード大学に進学し、1955年に音楽教育の学位を取得して卒業した[6]。ディラード高校在学中、彼はマガジン・ストリートにあった当時ザビエル大学予備校だった高校のバンド・ディレクターを務め、そこで生徒の一人であった天才ピアニスト、ジェイムズ・ブッカーのクラシック音楽演奏を目の当たりにした。後にマルサリスはニューオーリンズのロヨラ大学大学院に進学した[6]。1950年代から1960年代にかけて、エド・ブラックウェル、キャノンボール・アダレイ、ナット・アダレイ、アル・ハートらと共演した。1970年代にはニューオーリンズ・センター・フォー・クリエイティブ・アーツで教鞭を執った。彼の教え子には、ローレン・ベルノフスキー[7]、テレンス・ブランチャード、ハリー・コニック・ジュニア、ドナルド・ハリソン、ケント・ジョーダン、マーロン・ジョーダン、ニコラス・ペイトンらがいる[8]。
音楽キャリア
マルサリスは自身のアルバムを20枚近くレコーディングし、デヴィッド・"ファットヘッド"・ニューマン、エディ・ハリス、マーカス・ロバーツ、コートニー・パインといったミュージシャンたちと多くの作品で共演した[9]。教師として、生徒たちに歴史から学ぶと同時に、自ら音楽の探求をするよう促した[10]。「私たちはジャズを教えるのではなく、生徒を教えるのです」と、ジャズの即興演奏を教える自身の能力についてかつて語っている[5]。ニューオーリンズ・センター・フォー・クリエイティブ・アーツ、ニューオーリンズ大学(UNO)、ルイジアナ州ザビエル大学の主要な教育者として、マルサリスは数え切れないほどのミュージシャンたちのキャリアに影響を与え、4人の息子、ウィントン、ブランフォード、デルフィーヨ、ジェイソンにも音楽家としての影響を与えた。マルサリスは2001年にUNOを退職した[6]。2007年5月、ジャズと音楽教育への貢献により、テュレーン大学から名誉博士号を授与されている[11]。
受賞歴
マルサリスは2018年にルイジアナ音楽の殿堂入りを果たした[4]。ニューオーリンズのミュージシャンズ・ビレッジにあるエリス・マルサリス音楽センターは、彼の名を冠している。2010年には、マルサリス一家がデューク・エリントン・ジャズ・フェスティバルの一環として、ワシントンD.C.のジョン・F・ケネディ・センターで録音したライブ・アルバム『ミュージック・リディームス』をリリースした。アルバムの収益はすべてエリス・マルサリス音楽センターに直接寄付される[12]。
マルサリスと息子たちは、2011年のNEAジャズ・マスターズ賞を共同で受賞した[13]。
マルサリスは、ファイ・ベータ・シグマとファイ・ミュー・アルファ・シンフォニアの友愛会に所属していた[14][15]。2015年、マルサリスはファイ・ミュー・アルファ・シンフォニアから第24代音楽家の称号を授与された。これは、演奏、作曲、その他あらゆる音楽活動を通じてアメリカの音楽発展に貢献した功績が認められ、会員に与えられる最高の栄誉である[15]。2018年には、バークリー音楽大学第50回ハイスクール・ジャズ・フェスティバルにおいて、同大学から名誉音楽博士号を授与された[16]。
マルサリスは2023年、死後にグラミー理事会賞を受賞し[17]、本人不在の中、息子のジェイソンと孫娘のマーリーが遺族として受け取った。
死去
私生活
ディスコグラフィ
リーダー・アルバム
- 『ソロ・ピアノ・リフレクションズ』 - Solo Piano Reflections (1978年、ELM)
- Syndrome (1985年、ELM)
- Homecoming (1985年、Spindletop) ※with エディ・ハリス
- 『ニューオリンズの夜』 - A Night at Snug Harbor, New Orleans (1990年、Somethin' Else)
- 『ソロ・ピアノ』 - Piano in E (1991年、Rounder) ※1986年録音
- 『エリス・マルサリス・トリオ』 - Ellis Marsalis Trio (1991年、Blue Note)
- 『ハート・オブ・ゴールド』 - Heart of Gold (1992年、Columbia)
- 『ウィッスル・ストップ』 - Whistle Stop (1994年、Columbia)
- 『ジョー・クールズ・ブルース』 - Joe Cool's Blues (1995年、Columbia) ※with ウィントン・マルサリス[23]
- 『愛しき女へ~スタンダード・バラード集~』 - Loved Ones (1996年、Sony Music) ※with ブランフォード・マルサリス[24]
- 『ライヴ&モア』 - Twelve's It (1998年、Columbia)
- 『デューク・イン・ブルー』 - Duke in Blue (1999年、Columbia)
- Afternoon Session (2001年、Music in the Vines)
- Ruminations in New York (2005年、ESP Disk)
- An Open Letter to Thelonious (2008年、ELM)
- A New Orleans Christmas Carol (2011年、ELM)
- 『ピュア・プレジャー・フォー・ザ・ピアノ』 - Pure Pleasure for the Piano (2012年、Verve) ※with 小曽根真
- On the First Occasion (2013年、ELM) ※1998年録音
- Live at Jazzfest 2017 (2017年、Munck Music)[23]
- The Ellis Marsalis Quintet Plays the Music of Ellis Marsalis (2017年、ELM)
- An 80th Birthday Celebration! (2018年、ELM)
- For All We Know (2020年、Newvelle)) ※with ジェイソン・マルサリス
参加アルバム
アメリカン・ジャズ・クインテット
- 『ロイヤル・ガーデン・ブルース』 - Royal Garden Blues (1987年)[25]
- 『ロメール・ベアデンに捧ぐ』 - Romare Bearden Revealed (2003年)[25]
- 『マルサリスの肖像』 - Wynton Marsalis (1981年)[25]
- 『ファーザーズ・アンド・サンズ』 - Fathers and Sons (1982年)[25]
- 『Jムード』 - J Mood (1986年)[25]
- 『スタンダード・タイム、VOL.3〜ザ・リゾリューション・オブ・ロマンス』 - Standard Time, Vol. 3: The Resolution of Romance (1990年)[25]
マルサリス・ファミリー
- Irvin Mayfield (1998年)[25]
- How Passion Falls (2001年)[25]
- Love Songs, Ballads, and Standards (2008年)[25]
- A Love Letter to New Orleans (2011年)[25]
デイヴ・ヤング
- 『トゥー・バイ・トゥー VOL.2』 - Two by Two Vol. 2 (1996年)[25]
- 『ピアノ・ベース・デュエッツ・サイド・バイ・サイド VOL.3』 - Side by Side Vol. 3 (1996年)
その他
- エド・ブラックウェル : Boogie Live ...1958 (1958年)[25]
- ナット・アダレイ : 『イン・ザ・バッグ』 - In the Bag (1962年)[27]
- スティーヴ・マサコウスキ : Friends (1984年)[25]
- マイケル・ケイン : King Midas & the Golden Touch (1987年)[25]
- リッチ・マッテソン : Have You Heard? (1989年)[25]
- デヴィッド・"ファットヘッド"・ニューマン with コーネル・デュプリー : Return to the Wide Open Spaces (1990年)[25]
- アート・テイタム : Solos (1940) (1990年)[25]
- マーカス・ロバーツ : 『セレニティ』 - As Serenity Approaches (1991年)[25]
- ハリー・コニック・ジュニア : 『25 (トゥエンティ・ファイヴ)』 - 25 (1992年)[25]
- プリザヴェーション・ホール・ジャズ・バンド : In the Sweet Bye and Bye (1996年)[25]
- ハロルド・バティスト : Next Generation (1996年)[25]
- ジェラルド・ウィルソン : Suite Memories (1996年)[25]
- ウェッセル・アンダーソン : Ways of Warmdaddy (1996年)[25]
- ジミー・コブ : 『ミスター・ラッキー』 - Marsalis Music Honors Series: Jimmy Cobb (2006年)[25]
- スヌークス・イーグリン : The Sonet Blues Story: 1977 (2006年)[25]
- デイヴィッド・ベノワ : 『ジャズ・フォー・ピーナッツ〜チャーリー・ブラウン&スヌーピー・TVテーマ』 - Jazz for Peanuts (2008年)[25]
- アーマ・トーマス : Simply Grand (2008年)[25]
- スコッティ・バーンハート : Say It Plain (2009年)[25]
- カウント・ベイシー・オーケストラ : A Very Swingin' Basie Christmas! (2015年)[25]