エンリコ・アルベルトージ
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クラブ
スペツィアでユース時代を過ごしたのち、1959年1月ACフィオレンティーナに所属していた18歳の時にセリエAデビューを果たした。フィオレンティーナでは2度のコッパ・イタリア優勝など4つのタイトルを獲得した[1]。
1968年にルイジ・リーヴァ擁するカリアリ・カルチョに移籍。すると1969-70シーズンにはクラブ初であり唯一となるセリエA優勝に貢献した。
1974年にACミランに移籍すると、在籍6年間でセリエAとコッパ・イタリアをそれぞれ1度ずつ獲得した[2]。
しかし1980年には八百長スキャンダル「トトネロ」に関与していたとして、2シーズンの出場停止処分を受けた。その後、1982年にエルピディエンセで現場復帰し、2年後の1984年に現役を引退した。
代表
1961年のアルゼンチン代表戦でイタリア代表にデビュー。
1970 FIFAワールドカップには、カリアリでの活躍により、ライバルとして知られたディノ・ゾフとのポジション争いに勝ち、正GKとして全試合に先発出場した[3]。「世紀の試合」や「アステカの死闘」と呼ばれることになる準決勝の西ドイツ代表戦でも活躍を見せた。
エピソード
ACミランの後輩にあたるジャンルイジ・ドンナルンマが、2017年にクラブとの契約延長を拒否した際には、批判の声を上げた[4]。