オジェニ・オナジ
From Wikipedia, the free encyclopedia
| ||||||
|---|---|---|---|---|---|---|
|
ラツィオ時代のオナジ (2015年) | ||||||
| 名前 | ||||||
| 本名 |
オジェニ・エディ・オナジ Ogenyi Eddy Onazi | |||||
| ラテン文字 | Ogenyi Onazi | |||||
| 基本情報 | ||||||
| 国籍 |
| |||||
| 生年月日 | 1992年12月25日(33歳) | |||||
| 出身地 | ジョス | |||||
| 身長 | 173cm | |||||
| 体重 | 73kg | |||||
| 選手情報 | ||||||
| 在籍チーム |
| |||||
| ポジション | MF (CH) | |||||
| 背番号 | 12 | |||||
| 利き足 | 右足 | |||||
| ユース | ||||||
|
| ||||||
|
| ||||||
| 2011-2012 |
| |||||
| クラブ1 | ||||||
| 年 | クラブ | 出場 | (得点) | |||
| 2012-2016 |
| 76 | (4) | |||
| 2016-2019 |
| 69 | (6) | |||
| 2020 |
| 9 | (0) | |||
| 2020 |
| 2 | (0) | |||
| 2021 |
| 19 | (2) | |||
| 2021 |
| 11 | (0) | |||
| 2022 |
| 15 | (0) | |||
| 2022 |
| 11 | (0) | |||
| 2023 |
| |||||
| 2023- |
| |||||
| 代表歴2 | ||||||
| 2009 |
| 7 | (0) | |||
| 2011 |
| 5 | (0) | |||
| 2012-2018 |
| 52 | (1) | |||
|
1. 国内リーグ戦に限る。2023年7月12日現在。 2. 2019年10月14日現在。 ■テンプレート(■ノート ■解説)■サッカー選手pj | ||||||
オジェニ・エディ・オナジ(Ogenyi Eddy Onazi, 1992年12月25日 - )は、ナイジェリア・ジョス出身のサッカー選手。傑志体育会所属。元ナイジェリア代表。ポジションはMF。
キャリア初期
オナジは、故郷ジョスのペプシ・フットボール・アカデミーでキャリアを始め[1]、半年後にプロクラブエル・カミネ・ウォーリアーズの下部組織に入団した。その後、才能ある若手選手を育成するためTBジョシュア牧師によって設立されたマイピープルFCでプレーするためラゴスに移動した。
ラツィオ
2011年、同僚のサニ・エマニュエルと共にSSラツィオの下部組織に入団。すぐさま、印象的なパフォーマンスを見せ加入年にトップチームへ昇格すると、シーズン終盤のアタランタBC戦で90分にセナド・ルリッチに代わりセリエAデビューを果たし、チームはスタディオ・アトレティ・アズーリ・ディターリアで2-0の勝利を収めた[2]。オナジはスティーヴン・マキンワに続いでラツィオでプレーした2人目のナイジェリア人選手となった[3]。
2012-13シーズンは、ヴラディミル・ペトコヴィッチ監督の下でローテーション要因としてプレー。2012年9月21日のUEFAヨーロッパリーグ・トッテナム・ホットスパーFC戦を始め、守備的MFのクリスティアン・レデスマとコンビを組み出場機会が増加した。翌2013-14シーズンには29試合に出場したが、その後は徐々に出場機会を減らしていった。
トラブゾンスポル
2016年8月2日、トルコのトラブゾンスポルへの移籍が発表された[4]。8月20日に行われた開幕戦のカスムパシャSK戦で、トラブゾンスポルでのデビューを果たし、2得点を挙げる活躍を見せた[5]。
デニズリスポル以降
2020年1月15日、同年6月まで残っていたトラブゾンスポルとの契約を解除し、同じくスュペル・リグのデニズリスポルに6ヶ月契約(1年の延長オプション付き)で加入[6]。これ以降、オナジは短期間でクラブを転々とするキャリアを歩むことになる。
2020年10月4日、デンマーク・スーペルリーガのスナユスケ・フッボルトと契約[7][8]。しかし、加入からわずか3ヶ月後の2021年1月5日にクラブと双方合意の下に契約解除して退団[9]。
2021年2月18日、リトアニア・Aリーガ(現・トップリーガ)王者のFKジャルギリスに加入[10]。7月13日にリンフィールドFCのホームウィンザー・パークで行われたUEFAチャンピオンズリーグ 2021-22予選1回戦2ndレグにおいてオナジは前半44分にチーム2点目となるゴールを決めて、予選2回戦進出に貢献した[11]。8月18日、クラブと双方合意の下で契約を解除[12]。
2021年8月19日、デニズリスポルに復帰[13]。
2022年1月25日、サウジアラビアのアル・アダラーFCに移籍[14]。
2022年8月29日、イタリア・セリエDのカゼルターナFCに加入[15][16]。
2023年1月10日、バーレーンのイースト・リファー・クラブに加入[17]。
傑志体育会
2023年7月12日、香港プレミアリーグ王者でAFCチャンピオンズリーグ2023/24に出場する傑志体育会への加入が発表された[18][19]。
代表経歴
16歳の頃にU-17代表として連覇を目指した2009 FIFA U-17ワールドカップに同僚のサニ・エマニュエルと共に出場。優勝は逃したものの、チームの準優勝に貢献した[20]。2年後には2011 FIFA U-20ワールドカップへ向けてポルトガルとパナマのトレーニングキャンプに参加していたが落選した[1]。
アフリカネイションズカップ2013予選のリベリア戦でA代表デビューを果たし、出場2試合目となったベネズエラ戦で初得点を記録した。
アフリカネイションズカップ2013のメンバーに選ばれると[21]、グループリーグで先発出場はザンビア戦の1試合のみだったが、決勝トーナメントは決勝戦のブルキナファソ戦を含め全試合先発出場し、優勝に貢献した。