サッカーベネズエラ代表
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| 国または地域 |
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| 協会 | ベネズエラサッカー連盟 | |||
| FIFAコード | VEN | |||
| 愛称 |
La Tricolor(トリコロール) La Vinotinto(赤ワイン) | |||
| 監督 |
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| キャプテン | サロモン・ロンドン | |||
| 最多出場選手 | トマス・リンコン(143試合) | |||
| 最多得点選手 | サロモン・ロンドン(48得点) | |||
| ホームスタジアム |
エスタディオ・ポリデポルティーヴォ・デ・プエブロ・ヌエボ エスタディオ・ホセ・アントニオ・アンソアテギ エスタディオ・カチャマイ | |||
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| 初の国際試合 | ||||
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(パナマ市, 1938年2月12日) | ||||
| 最大差勝利試合 | ||||
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(カラカス, 1959年1月16日) | ||||
| 最大差敗戦試合 | ||||
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(ロサリオ, 1975年8月10日) | ||||
| FIFAワールドカップ | ||||
| 出場回数 | 0回 | |||
| 最高成績 | - | |||
| コパ・アメリカ | ||||
| 出場回数 | 20回 | |||
| 最高成績 | 4位 (2011) | |||
サッカーベネズエラ代表(サッカーベネズエラだいひょう、西: Selección nacional de fútbol de Venezuela)は、ベネズエラサッカー連盟(FVF)によって構成される、ベネズエラのサッカーのナショナルチームである。
ベネズエラは南米サッカー連盟(CONMEBOL)所属の10か国の中で、唯一FIFAワールドカップ本大会への出場経験がなく南米最弱の地位に甘んじてきた。しかし、コパ・アメリカ2007で初の開催国となり、それに伴って強化が進められた結果、本大会ではベスト8まで進出した。
2010年南アフリカW杯の南米予選では、大陸間プレーオフに進出したウルグアイに勝ち点差2と、W杯初出場の目前まで迫った。翌年のコパ・アメリカ2011では初のベスト4に進出している。
さらに2016年のコパ・アメリカ・センテナリオや、コパ・アメリカ2019でも決勝トーナメントに進出した。なお、コパ・アメリカにおいてはエクアドルと共に優勝を果たせていない。
2020年以降は政治の介入など煽りを受けて明確な代表強化を打ち出せない状態が続いており[1]、コパ・アメリカ2021ではグループリーグ敗退となった。
2022 FIFAワールドカップ・南米予選では予選最下位で敗退している。2026 FIFAワールドカップ・南米予選では第17節時点で大陸間プレーオフ出場圏である7位につけ、第17節時点で8位のボリビアと大陸間プレーオフの出場権を争っていた。しかし、最終節でベネズエラは本大会出場を決めているコロンビアに敗れ、ボリビアは本大会出場を決めているブラジルに勝利した。これによりベネズエラは8位で全日程を終了したと同時に、大陸間プレーオフへの出場権を逃した[2]。
愛称とチームカラー
ベネズエラ代表は時に『La Vinotinto』と呼ばれる。隣国のアルゼンチン代表が『アルビセレステス』、ブラジル代表は『カナリーニョ』とナショナルカラーを起源とするのに対し、ベネズエラ代表の『Vinotinto ( = vino tinto)』とはスペイン語で赤ワインを意味する。これは、およそ200年前のベネズエラ独立戦争において、ベネズエラ軍とベネズエラ国家警備隊が軍服に赤ワイン色を用いていたことに由来している。ベネズエラの英雄であり現在では州の名前にもなっている将校ホセ・アントニオ・アンソアテギという人物が、当時バーガンディの軍服を着た自国の部隊を『vino tinto』と名付けたからだ。

それからしばらく経ち、1938年にパナマで開催された中央アメリカ・カリブ海競技大会に参加する際、国際試合未経験のベネズエラの選手たちは大会に出場するためのユニフォームを持っていなかったので、国家警備隊は代表チームがプレーできるようにスポーツウェアを貸すと申し出た。この時に貸し出されたウェアが赤ワイン色の軍服を基にしたものであったので、現在までベネズエラ代表のユニフォームは赤ワイン色をベースにし、愛称も『La Vinotinto』と呼ばれるようになった。 なお、ユニフォームの色や愛称が政治的であると一部指摘されたが、国際オリンピック委員会はベネズエラ国旗の黄色、青、赤を混ぜたものとして使用を許可した[3][4]。
ホームスタジアム
ベネズエラ代表は、3つのスタジアムをホームスタジアムとしている。
- エスタディオ・ポリデポルティーヴォ・デ・プエブロ・ヌエボ
- サン・クリストバル 収容人数:38,755人
- エスタディオ・ホセ・アントニオ・アンソアテギ
- バルセロナ 収容人数:37,485人
- エスタディオ・カチャマイ
- シウダーグアヤナ 収容人数:41,600人
成績
FIFAワールドカップ
| 開催年 | 結果 | 試合 | 勝利 | 引分 | 敗戦 | 得点 | 失点 | |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 不参加 | ||||||||
| 棄権 | ||||||||
| 不参加 | ||||||||
| 予選敗退 | ||||||||
| 棄権 | ||||||||
| 予選敗退 | ||||||||
| 合計 | 0/22 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | |
コパ・アメリカ
- 1955 - 不参加
- 1956 - 不参加
- 1957 - 不参加
- 1959 - 不参加
- 1959 - 不参加
- 1963 - 不参加
- 1967 - 5位
- 1975 - グループリーグ敗退
- 1979 - グループリーグ敗退
- 1983 - グループリーグ敗退
- 1987 - グループリーグ敗退
- 1989 - グループリーグ敗退
- 1991 - グループリーグ敗退
- 1993 - グループリーグ敗退
- 1995 - グループリーグ敗退
- 1997 - グループリーグ敗退
- 1999 - グループリーグ敗退
- 2001 - グループリーグ敗退
- 2004 - グループリーグ敗退
- 2007 - ベスト8
- 2011 - 4位
- 2015 - グループリーグ敗退
- 2016 - ベスト8
- 2019 - ベスト8
- 2021 - グループリーグ敗退
- 2024 - ベスト8
歴代記録
出場数ランキング

- 2026年3月3日現在[5]
| 順位 | 選手 | 出場 | 得点 | 期間 |
|---|---|---|---|---|
| 1 | トマス・リンコン | 143 | 1 | 2008-2025 |
| 2 | フアン・アランゴ | 129 | 23 | 1999-2015 |
| 3 | サロモン・ロンドン | 120 | 48 | 2008- |
| 4 | ホセ・マヌエル・レイ | 115 | 10 | 1997-2011 |
| 5 | ロベルト・ロサレス | 96 | 1 | 2007- |
| 6 | ホルヘ・アルベルト・ロハス | 87 | 3 | 1999-2009 |
| 7 | ミゲル・メア・ヴィタリ | 84 | 1 | 1999-2012 |
| 8 | オスワルド・ビスカロンド | 80 | 7 | 2004-2016 |
| 9 | ガブリエル・ウルダネタ | 77 | 9 | 1996-2005 |
| 10 | ルイス・バジェニージャ | 76 | 0 | 1996-2007 |
得点数ランキング

- 2026年3月3日現在
| 順位 | 選手 | 得点 | 出場 | 期間 |
|---|---|---|---|---|
| 1 | サロモン・ロンドン | 48 | 120 | 2008- |
| 2 | フアン・アランゴ | 23 | 129 | 1999-2015 |
| 3 | ジャンカルロ・マルドナード | 22 | 65 | 2003-2011 |
| 4 | ホセフ・マルティネス | 15 | 70 | 2011- |
| 5 | ルベルス・モラン | 14 | 63 | 1996-2007 |
| 6 | ミクー | 11 | 51 | 2006-2015 |
| ダルウィン・マチス | 52 | 2011- | ||
| 8 | ホセ・マヌエル・レイ | 10 | 115 | 1997-2011 |
| ダニエル・アリスメンディ | 30 | 2006-2011 | ||
| 10 | ガブリエル・ウルダネタ | 9 | 77 | 1996-2005 |