オールド・ファッションド・ワルツ
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| 『オールド・ファッションド・ワルツ』 | ||||
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| サンディ・デニー の スタジオ・アルバム | ||||
| リリース | ||||
| 録音 | 1973年5月と8月 | |||
| ジャンル | フォーク・ロック | |||
| 時間 | ||||
| レーベル | アイランド ILPS 9258 (UK) | |||
| プロデュース | トレヴァー・ルーカス、ジョン・ウッド | |||
| サンディ・デニー アルバム 年表 | ||||
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| 『オールド・ファッションド・ワルツ』収録のシングル | ||||
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『オールド・ファッションド・ワルツ』(原題:Like an Old Fashioned Waltz)は1974年6月にリリースされたイギリスのフォーク・ロック・シンガー、 サンディ・デニーの3枚目のソロアルバム。[1] このアルバムは、フェアポート・コンヴェンション、フォザリンゲイ、ストローブスのリード・ボーカリストとして、またソロアーティストとして活動していたのデニーのそれまでのフォーク・ロック・アルバムから大きく異なる、よりポップでジャズに影響された制作スタイルを特徴としている。
デニーは当初、このアルバムのサポートとしてツアーを行うことを希望していたが、アイランド・レコードとのトラブルのために1973年秋から1974年6月まで発売が延期され、その頃にはフェアポート・コンベンションに再加入していた。
1972年のアルバム『サンディ』は大衆市場での成功を収めることができず、最近、デニーがゲスト・ボーカリストとして出演したレッド・ツェッペリンやザ・フーと並んで注目されるバンドになりたいと考えていたデニーを非常に失望させた。デニーは、ソロキャリアを確立するためには、新しい聴衆にアピールするレコードが必要であると考えた。[2]
構成
「ライク・アン・オールド・ファッションド・ワルツ (Like an Old Fashioned Waltz)」の曲では、デニーが作曲技術に磨きをかけ、喪失感、孤独感、暗闇への恐怖、時の流れや季節の移り変わりなど、彼女の個人的な悩みの多くを詳述したノスタルジックなパノラマ・ソングの周期に乗せている。[3]
『オールド・ファッションド・ワルツ』には、デニーの父親のレコード・コレクションから思い出のジャズ・ソングを2曲カバーしてい。インク・スポッツの「ウィスパリング・グラス (Whispering Grass)」とファッツ・ウォーラーの「アンティル・ザ・リアル・シング・カムズ・アロング (Until The Real Thing Comes Along)」である。この頃、デニーはジャズ・スタンダードのみで構成されたアルバムのレコーディングを検討していると噂されていたが(あるいはインク・スポッツが書いた曲のカバー・アルバム全体のレコーディングを検討していたのかも知れない)、実際には実現しなかった。[4]
制作
レコーディング
このアルバムの制作は、デニーが前作のLP『サンディ』のプロモーションを続けている間に始まった。最初に録音されたのは1972年12月3日にウォルサムストウ・アセンブリー・ホールで行われた「ノー・エンド」で、彼女自身がピアノを弾きながらのソロ・ヴァージョンであった(後でレコーディングしたバンドとストリングスを使った新しいバージョンがよかったので採用されなかった) 。[5] デニーは1973年4月に1ヶ月間のアメリカツアーに乗り出し、ロサンゼルスのザ・トルバドールで1週間の滞在をする前に、A&Mレコードのスタジオに立ち寄って「フレンズ」、「ソロ」、「アット・ジ・エンド・オブ・ザ・デイ」および「ノー・エンド」の4曲の新バージョンをレコーディングした。
6月から7月にかけてのヨーロッパツアーを経て、8月にはロンドンのサウンド・テクニックズでセッションが再開され、残りの「カーニバル」、「ライク・アン・オールド・ファッションド・ワルツ」、「ダーク・ザ・ナイト」と2曲のジャズ・スタンダード「ウィスパリング・グラス」と「アンティル・ザ・リアル・シング・カムズ・アロング」のレコーディングが行われた。ハリー・ロビンソンはこの曲の多くにストリングスアレンジを加えている。
デニーは歌のほかに、「ライク・アン・オールド・ファッションド・ワルツ」でアコースティック・ギター、ピアノ、エレクトリック・ピアノを演奏した。デニーのフェアポート・コンベンションのバンドメイトであるリチャードトンプソンは、「ソロ」と「アット・ザ・エンド・オブ・ザ・デイ」でリード・ギターを演奏した。
アルバムカバー
このアルバムは、タイトル曲にある色(プリムローズ、イエロー、ベルベットグリーン)を使用したエンボス加工の見開きジャケットに、デニー自身が描いた花のモチーフがアンティーク・プレートのようにデザインされたもので、オリジナルはエンボス加工の見開きジャケットで発売されていた。
ゲレッド・マンコヴィッツによるカバー写真は、エドワード朝時代のオールドスタイルのイメージでデニーが描かれている。アルバムの歌詞は見開きに再現されている。
シングル「ウィスパリング・グラス / フレンズ」は、アルバムジャケット風のセピア色のピクチャースリーブで発売された。
リリース
レセプションとレビュー
| 専門評論家によるレビュー | |
|---|---|
| レビュー・スコア | |
| 出典 | 評価 |
| Christgau's Record Guide | C+[6] |
このアルバムはイギリスやその他の国ではチャート・インしなかった。ヴィレッジ・ヴォイス誌のコンテンポラリー・レビューで、音楽評論家ロバート・クリストガウは『オールド・ファッションド・ワルツ』を「C+」と評価し、「ソロ」の「傑作」を除けば、「低迷したアルバム」であると述べている。[7]
オールミュージックのブレット・ハーテンバッハは、後のレビューでこのアルバムを5つ星のうち3つ半と評価し、「デニーは前作『サンディ』が示唆していた、より洗練された瞬間を展開している。レコード全体のほとんどで優しいピアノ、豊かなストリングス、そしてかろうじて彼女のイギリスのフォーク・ルーツの痕跡が残る憂鬱で個人的なものです」と述べている。 ハーテンバッハはアルバムのオープニング曲である「ソロ」をデニーの "最高の曲 "の一つと呼んでいる。[4]
ライブバンドと放棄されたツアー
「ライク・アン・オールド・ファッションド・ワルツ」が録音されてから数週間後、サンディ・デニーは長年のボーイフレンドでありバンド仲間でもあるトレヴァー・ルーカスと1973年9月20日にフラムの登記所で結婚した。その後まもなく彼女はパット・ドナルドソン、ヒューイ・バーンズ、ウィリー・マーレイの3人からなるバンドを結成し、アルバムのサポートとして大規模なツアーを行うつもりだった。グループは1973年11月14日にBBCラジオのためにセッションを録音し、この時期に4日間のツアーを行った。[8]
しかし、『ライク・アン・オールド・ファッション・ワルツ』のリリースは1973年秋から1974年6月まで延期され、その頃にはデニーはフェアポート・コンヴェンションに再加入していた。この年のフェアポート・ツアーでは、このアルバムからの数曲が定期的に演奏された。
レガシー
『オールド・ファッションド・ワルツ』の曲は、多くの著名なアーティストによってカバーされている。デニーの死後、フェアポート・コンベンションは「ソロ」と「イッツ・テイク・ア・ロング・タイム」を散発的に演奏している。「ライク・アン・オールド・ファッションド・ワルツ」はエミルー・ハリスの1983年のアルバム『ホワイト・シューズ』に収録されている。エリック・ジョンソンとスーザン・カウシルは1995年のコンピレーション True Voices で 「アット・ジ・エンド・オブ・ザ・デイ」をカヴァーしている。フィッシュは1993年のアルバム Songs from the Mirror で「ソロ」をカヴァーした。
トラックリスト
特記あるものを除き、全曲サンディ・デニーにクレジットされている
- サイド1
- 「ソロ - Solo」
- 「ライク・アン・オールド・ファッションド・ワルツ - Like an Old Fashioned Waltz」
- 「ウィスパリング・グラス - Whispering Grass」(ドリス・フィッシャー、フレッド・フィッシャー)
- 「フレンズ - Friends」
- 「カーニバル - Carnival」
- サイド2
- 「ダーク・ザ・ナイト - Dark the Night」
- 「アット・ジ・エンド・オブ・ザ・デイ - At the End of the Day」
- 「アンティル・ザ・リアル・シング・カムズ・アロング - Until the Real Thing Comes Along」( サミー・カーン 、 サウル・チャップリン 、L.E.フリーマン)
- 「ノー・エンド - No End」
リマスタリングされたCDバージョンには、4つのボーナストラックが含まれている」。
- 「アット・ジ・エンド・オブ・ザ・デイ」(ストリングスなしの代替テイク)
- 「キング・アンド・クイーン・オブ・イングランド」(バイフィールドのデニーズの家で1974年に録音されたデモ)
- 「ライク・アン・オールド・ファッションド・ワルツ」(1975年2月1日のトルバドール(ロサンゼルス)でのライブ)
- 「ノー・エンド」(1972年3月12日録音のソロ・ピアノ版)