カイロ市電
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カイロ市内に最初の路面電車路線が開通したのは1896年8月12日で、開通当初からに8系統を有する大規模な路線網が敷設された。その後も路線の拡張は続き、1917年には30系統を有する路線網が築かれ、同年時点の年間利用客数は7,500万人に達した。路線はカイロ市内のみならずヘリオポリスやショブラ・エル・ケイマ、サイエダ・ゼイナブなどカイロ大都市圏(グレーター・カイロ)を構成する周辺地域にも拡大し、1981年にはヘルワンにエジプト鉄道の駅と工業地帯を結ぶ独立した路線が開通した[1][2]。
だが、1970年代以降はモータリーゼーションの進展により利用客が減少し、ショブラ・エル・ケイマやザイエダ・ゼイナブ方面の路線やカイロ市内の併用軌道の路線網は2000年代までに廃止され、開通後利用客が伸び悩んでいたヘルワンの路線も2011年に勃発したエジプト革命の影響により営業運転を終了した。ヘリオポリス方面の路線についても資金不足やそれに起因するメンテナンス不足、更には施設の老朽化などの要因により2014年までにほとんどの路線が休止し、晩年は約2 kmの区間が残存するのみとなっていた。欧州復興開発銀行やエジプト国際協力省の支援の下で整備を行い休止区間の運行を再開する計画も立てられていたが、最終的に2018年までに全区間の営業運転が終了し、同年中に線路や施設の撤去が完了した事が確認されている[1][2][7][8][9][10]。