カラカルパクスタン共和国
ウズベキスタン内にある自治共和国
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カラカルパクスタン共和国(カラカルパクスタンきょうわこく、カラカルパク語: Qaraqalpaqstan Respublikası/Қарақалпақстан Республикасы、ウズベク語: Qoraqalpogʻiston Respublikasi/Қорақалпоғистон Республикаси、ロシア語: Республика Каракалпакста́н)またはカラカルパクスタン自治共和国は、中央アジアのウズベキスタン共和国西部にある自治共和国[5]。主権国家ではなく、ウズベキスタンの一部である(後述)。人口は約215万人(2026年国勢調査速報値[4])。
| カラカルパクスタン共和国 | |
|---|---|
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Qaraqalpaqstan Respublikası(カラカルパク語) Qoraqalpogʻiston Respublikasi(ウズベク語) | |
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| 地域の標語:無し | |
| 地域の歌:カラカルパクスタン共和国国歌 | |
| 公用語 |
カラカルパク語 ウズベク語 |
| 主都 | ヌクス |
| 最大の都市 | ヌクス |
| 政府 | |
| 最高会議議長 | アマンバイ・オリンバエフ[1] |
| 閣僚会議議長 | ファルホド・エルマノフ[2] |
| 面積 | |
| 統計 | 161,594km2(国内1位)[3] |
| 水面積率 | ごくわずか |
| 人口 | |
| 統計(2026年) | 2,149,932人(国内9位)[4] |
| 人口密度 | 13人/km2 |
| 設置 | |
| カラカルパクASSR | 1932年7月20日 |
| 主権宣言 | 1991年12月21日 |
| ウズベキスタン国内の共和国として | 1991年12月25日 |
| 通貨 | スム(UZS) |
| 時間帯 | UTC+5(DST:なし) |
| ISO 3166-1 |
UZ (3166-2:UZ-QR) |
| ccTLD | .uz |
| 国際電話番号 | 998 |
名称

「カラカルパク」とは「黒い(カラ)帽子(カルパック)」のことで、「カラカルパクスタン」とは「黒い帽子を被る民族の国」を意味する。旧ソビエト連邦(ソ連)が同地を支配したとき、それまでウズベク族かカザフ族の方言と考えられていた同地の民族の言語を詳細に研究した旧ソ連の言語学者が、「同地の民族の言語は、ウズベク語とは異なりカザフ語と発祥を同じくする別の言語である」と認定したことにより、「カラカルパク族」が創出された。それ以前までは、ホレズム帝国を構成する部族であり、口承叙事詩(ダスタン)を元に、ロシアのサラトフやカザフのキジルカラ(en:Sherkalaの麓)から移動してきたという伝承のみが同民族のアイデンティティを支えてきた。
地理
歴史
国家機関
カラカルパクスタン共和国は、独自の憲法を持ち、国旗、国章、国歌を制定しているほか、国語としてカラカルパク語とウズベク語を規定している。国家の代表者はカラカルパクスタン共和国最高会議(ジョカルガ・ケンギス)の議長であり、行政府は閣僚会議議長(首相)が統括する。
ウズベキスタン共和国とカラカルパクスタン共和国との関係はウズベキスタン共和国憲法の枠組みの中において、両国の締結した条約と協定によって調整される。カラカルパクスタン共和国はカラカルパクスタン国民全体の国民投票に基づいて、ウズベキスタン共和国から脱退する権利を有する、と憲法第1条に規定している。つまり、ウズベキスタン憲法の枠を超えることはできないし、外交権なども有していない。
この離脱の権利を否定する項目が含まれたウズベキスタン共和国憲法改正案に対する数千人規模の抗議デモが首都ヌクスで2022年7月1日に発生したため、シャフカト・ミルジヨエフ大統領は翌日現地入りしてカラカルパクスタン選出議員と会談して当該項目を撤回する一方で、治安部隊にデモ隊を取り締まらせ、同3日から一カ月間の非常事態宣言を布告して沈静化を図った[5]。
行政区分
経済
住民
文化
首都のヌクスにはイゴール・サヴィツキー記念カラカルパクスタン共和国国立美術館と共和国国立博物館がある。

