カリアン・サムス

オランダの野球選手 (1986 - ) From Wikipedia, the free encyclopedia

カリアン・リバリーノ・サムス(Kalian Rivalino Sams, 1986年8月25日 - )は、オランダ王国南ホラント州ハーグ出身の元プロ野球選手外野手)。右投右打。

生年月日 (1986-08-25) 1986年8月25日(39歳)
身長
体重
6' 2" =約188 cm
248 lb =約112.5 kg
概要 基本情報, 国籍 ...
カリアン・サムス
Kalian Sams
基本情報
国籍 オランダの旗 オランダ
出身地 南ホラント州ハーグ
生年月日 (1986-08-25) 1986年8月25日(39歳)
身長
体重
6' 2" =約188 cm
248 lb =約112.5 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 外野手内野手
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)
国際大会
代表チーム オランダの旗 オランダ代表
WBC 2013年2017年
プレミア12 2015年
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概要 獲得メダル, 男子 野球 ...
獲得メダル
男子 野球
オランダの旗 オランダ
IBAFワールドカップ
2011野球
ヨーロッパ野球選手権大会
2014野球
2016野球
2019野球
フランス国際野球大会
2014野球
2016野球
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経歴

オランダ時代

2005年オランダ国内リーグであるホーフトクラッセのヒポテークゼカー・トーナドスに所属した[1]

2006年は同リーグのADOレイカーズに所属した[1]

マリナーズ傘下時代

2006年7月2日にシアトル・マリナーズとマイナー契約を結んだ。オフの11月に台湾で開催された第16回IBAFインターコンチネンタルカップオランダ代表に選出された。同大会では銅メダルを獲得している。

2007年は開幕を傘下Aのウィスコンシン・ティンバーラトラーズで迎えた。同チームでは48試合に出場し、打率.205、4本塁打、8打点、32安打、1盗塁を記録した[1]。その後、傘下ショートシーズンAのエバレット・アクアソックスでプレーした。同チームでは56試合に出場し、打率.225、7本塁打、22打点、43安打、9盗塁を記録した[1]

2008年は傘下ルーキーリーグのプラスキ・マリナーズでプレーした。32試合に出場し、打率.204、10本塁打、20打点、22安打、1盗塁を記録した[1]

2009年は開幕を傘下Aのクリントン・ランバーキングスで迎えた。同チームでは16試合に出場し、打率.161、1本塁打、6打点、9安打を記録した[1]。その後、傘下ショートシーズンAのエバレットでプレーした。同チームでは4試合に出場し、打率.375、3本塁打、6打点、6安打、2盗塁を記録した[1]

2010年も昨年同様に傘下Aのクリントンと傘下ショートシーズンAのエバレットでプレーした。2チーム合計で、105試合に出場し、打率.183、20本塁打、58打点、64安打、6盗塁を記録した[1]

2011年は開幕を傘下アドバンスAのハイデザート・マーベリックスで迎えた。同チームでは20試合に出場し、打率.200、6本塁打、10打点、12安打、1盗塁を記録した[1]。その後、傘下Aのクリントンでプレーした。同チームでは93試合に出場し、打率.237、18本塁打、56打点、76安打、25盗塁を記録した[1]。オフの9月20日に第39回IBAFワールドカップオランダ代表に選出された[2]。同大会ではヨーロッパの国としては1938年大会イギリス代表以来73年ぶりの優勝を果たした。この栄誉を称えて代表24人全員に「サー」の爵位が贈られ[3]、サムスにも贈られた。

2012年は傘下AAのジャクソン・ジェネラルズで開幕を迎えた。76試合に出場し、打率.242ながら11本塁打、13盗塁(失敗0)を記録した[1]

2013年はシーズン開幕前の3月に開催された第3回ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)オランダ代表に選出された[4]キューバとの敗者復活戦ではサヨナラ犠飛を放ちチームを初の決勝トーナメント進出に導いた。シーズンでは4月23日に解雇された。

パドレス傘下時代

2013年5月5日にサンディエゴ・パドレスとマイナー契約を結んだ。契約後は傘下AA級のサンアントニオ・ミッションズへ異動した。同チームでは26試合に出場し、打率 .250、10本塁打、27打点、20安打、4盗塁を記録した[1]。6月8日に傘下AAAのツーソン・パドレス(現:エル・パソ・チワワズ)に昇格した。同チームでは24試合に出場し、打率.160、1本塁打、3打点、8安打を記録した[1]。7月20日に解雇された。8月3日に独立リーグアトランティックリーグカムデン・リバーシャークスと契約を結んだ。同チームでは5試合に出場し、打率.667、3本塁打、9打点、10安打、2盗塁を記録した[1]。8月10日にテキサス・レンジャーズとマイナー契約を結んだ。契約後は、傘下AAのフリスコ・ラフライダーズへ異動した。同チームでは20試合に出場し、打率.286、4本塁打、10打点、22安打を記録した[1]。オフの11月23日にレンジャーズとマイナー契約で再契約した。また、メキシコウィンターリーグであるリーガ・メヒカーナ・デル・パシフィコに参加しアルゴドネロス・デ・グアサベでプレーした。ここでは、22試合に出場し、打率.192、4本塁打、13打点、15安打を記録した[1]

2014年3月23日に解雇された。

パドレス退団後

2014年4月8日、アトランティックリーグのカムデン・リバーシャークスに復帰した。同チームでは16試合に出場し、打率.232、2本塁打、6打点、13安打、1盗塁を記録した[1]。シーズン途中に退団し、台湾のセミプロリーグのポップコーンリーグトプコ・ファルコンズ中国語版に入団した。ポジションも内野手に転向した。9月2日に第1回フランス国際野球大会オランダ代表に選出された[5]。同大会でオランダ代表は初代優勝国となった[6]。フランス国際野球大会終了後の12日に第33回ヨーロッパ野球選手権大会オランダ代表に選出された[7]。同大会ではオランダ代表が大会の記録である自国の20回の優勝を塗り替える3大会振り21度目の優勝を果たした[8]。11月28日にキュラソー・ネプテューヌスに加入した[9]

2015年2月17日に「GLOBAL BASEBALL MATCH 2015 侍ジャパン 対 欧州代表」の欧州代表に選出された[10][11]。3月10日の第1戦に「5番 左翼手」で先発出場した[12]。3月11日の第2戦には「4番 左翼手」で先発出場した[13]。4月13日に第15回ワールドポート・トーナメント第1回WBSCプレミア12のオランダ代表予備ロースターに選出された[14]。 4月24日に独立リーグであるカナディアン・アメリカン・リーグケベック・キャピタルズと契約を結んだ[15][16]。 オフの10月12日に第1回WBSCプレミア12のオランダ代表候補選手36名に選出され[17]、10月20日に第1回WBSCプレミア12のオランダ代表選手28名に選出された[18]

2016年2月24日にメキシカンリーグシウダーデルカルメン・ドルフィンズと契約する。開幕前の1月18日にキューバ代表との強化試合のオランダ代表に選出された[19]が、同試合は雨天中止となった[20]。シーズンでは7試合の出場に終わり、5月4日に解雇となる。その後はキャピタルズに復帰。8月25日に第2回フランス国際野球大会オランダ代表に選出された[21]。9月7日に第34回ヨーロッパ野球選手権大会オランダ代表に選出された[22]。ヨーロッパ野球選手権大会決勝は息子が誕生するのを見届けてから、途中参加となり、この試合でオランダはスペインに延長戦の末に勝利し、自国の優勝記録を更新し、2大会連続22度目の優勝を果たした[23]。10月18日に日本代表との強化試合のオランダ代表に選出された[24]

2017年は開幕前の2月7日に同年のアメリカ遠征のオランダ代表に選出された[25]。2月9日に第4回WBCオランダ代表に選出され、2大会連続2度目の選出を果たした[26]。4月6日にキャピタルズと再契約を結んだ[27]。オフの10月13日にイタリア代表との親善試合である「ヨーロピアン・ベースボール・シリーズ」のオランダ代表に選出された[28]

2018年もキャピタルズでプレー。

2019年は独立リーグ・アトランティックリーグのハイポイント・ロッカーズ英語版と契約したが、7月13日にカナディアン・アメリカン・リーグのサセックスカウンティー・マイナーズ英語版に移籍。8月19日にオランダ・ホーフトクラッセのL&Dアムステルダム・パイレーツに移籍[29]。オフには第35回ヨーロッパ野球選手権大会第2回WBSCプレミア12のオランダ代表に選出された。

2022年10月27日に現役を引退することが発表された[30][31]

選手としての特徴

オランダ代表の一員として、主要な国際大会に出場している。マイナーリーグではほぼ両翼しか守っていないが、代表では中堅を守ることもある。

詳細情報

脚注

外部リンク

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