カーリー・クーリ
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人物
生い立ち
テキサス州サンアントニオ生まれ。レバノン系ユダヤ人の子孫である。ケンタッキー州パデューカのセント・メアリー高等学校卒業後、パデュー大学で景観設計を学んでいたが、演劇に興味を持つようになっていった。大学卒業後、ロサンゼルスのリー・ストラスバーグ劇場研究所に入った。1990年6月2日、作家およびプロデューサーのデイヴィッド・ウィーヴァー・ウォーフィールドと結婚[2]。彼女はパデュー大学で演劇を専攻し、リー・ストラスバーグ劇場研究所での学習をさらに深めていった。1991年から映画製作会社で働き始める。1996年から1998年、および2000年から2002年、全米脚本家組合(WGA)の役員となり、2001年から2004年、脚本家協会基金の評議員を務めた[3]。また彼女はハリウッド女性政治委員会、Fairness and Accuracy in Reporting Women's Media Watch Project のメンバーでもある[2]。彼女は現在T・ボーン・バーネットと結婚している。
経歴
カーリー・クーリは現在脚本家、映画監督、プロデューサー、ノンフィクション作家として活動している。また、女優、非常勤講師、そしてナッシュビルでウェイトレスの経験もある。コマーシャルや音楽ビデオの製作会社に勤務していた頃、彼女が初めてプロデュースした映画『テルマ&ルイーズ』の脚本を書き始めた。彼女は『テルマ&ルイーズ』の脚本でアカデミー賞脚本賞[4][5]、ゴールデングローブ賞、アメリカ・ペン・センター(PEN)文学賞、およびロンドン映画批評家協会賞最優秀映画賞を受賞し、英国映画テレビ芸術アカデミー賞脚本賞[6]を受賞。アカデミー賞の授賞式で彼女は「『テルマ&ルイーズ』のハッピーエンドを見たかったみなさん、私にとってはこれがそうです。」と語りオスカー像を高々と掲げた[7]。
彼女の脚本家としての2作目の作品は1995年のロマンティック・コメディ映画『愛に迷った時』[8]で評論家からの意見は様々であった。2002年6月、同名小説からの映画化『ヤァヤァ・シスターズの聖なる秘密』で監督デビューし、世界中で73,839,240ドルの興行収入を挙げた[9]。公開直後の週末の興行ランキングでは第2週の『トータル・フィアーズ』に続き第2位であった[10][6]。2008年、ダイアン・キートン、クイーン・ラティファ、ケイティ・ホームズ主演の『デンジャラスな妻たち』を監督した[11]。2012年、コニー・ブリットン、ヘイデン・パネッティーア主演のABCのドラマ『ナッシュビル』で脚本とプロデュースを担当している[12]。
作品
| 年 | 題名 | 役職 | ||
|---|---|---|---|---|
| 監督 | 脚本 | プロデュース | ||
| 1987 | アリア Aria |
No | No | Yes |
| 1991 | テルマ&ルイーズ Thelma & Louise |
No | Yes | Yes |
| 1995 | 愛に迷った時 Something to Talk About |
No | Yes | No |
| 2002 | ヤァヤァ・シスターズの聖なる秘密 Divine Secrets of the Ya-Ya Sisterhood |
Yes | Yes | Yes |
| 2006 | Hollis & Rae | Yes | Yes | Yes |
| 2008 | デンジャラスな妻たち Mad Money |
Yes | No | No |
| 2012 | ナッシュビル Nashville |
No | Yes | Yes |
| 2021 | リスペクト Respect |
No | 原案のみ | No |
受賞歴
| 受賞およびノミネート | ||||
|---|---|---|---|---|
| 年 | 賞 | 部門 | 題名 | 結果 |
| 1991 | ペン・センター・アメリカ西部文学賞 | 脚本賞 | テルマ&ルイーズ | 受賞 |
| シカゴ映画批評家協会賞 | 脚本賞 | ノミネート | ||
| 全米脚本家組合賞 | 脚本賞 | 受賞 | ||
| ゴールデングローブ賞 | 脚本賞 | 受賞 | ||
| 英国アカデミー賞 | オリジナル脚本賞 | ノミネート | ||
| アカデミー賞 | 脚本賞 | 受賞 | ||
| 2012 | サテライト賞 | ドラマシリーズ賞 | ナッシュビル | ノミネート |
| ピープルズ・チョイス・アワード | 新テレビ・ドラマ賞 | ノミネート | ||
| 全米脚本家組合賞[13] | 新ドラマ・シリーズ脚本賞 | 未決定 | ||