キネットの定理

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数学、特にホモロジー代数代数的位相幾何学において、キネットの定理(キネットのていり、英語: Künneth theorem)、あるいはキネットの公式(キネットのこうしき、英語: Künneth formula)、キュネスの公式とは、2つの対象のホモロジーからそれらの積のホモロジーを計算する公式、およびそれに関する一連の定理のことである。古典的には、2つの位相空間 X および Y特異ホモロジーと、それらの積空間 の特異ホモロジーを関連付ける定理を指す。最も単純な場合(体係数など)には、積空間のホモロジーは各空間のホモロジーのテンソル積と同型になるが、一般の係数環においてはTor関手などホモロジー代数の道具を用いた補正項が必要となる。

キネットの定理は、多くの異なるホモロジー理論やコホモロジー理論において成立し、その名称は一般的なものとなっている。これらの多くの結果は、ドイツの数学者ヘルマン・キネット英語版にちなんで名付けられている。

具体例

である。

キネットの定理の形式的な記述に入る前に、この定理が幾何学的に何を意味しているかを概観する。

位相空間 Xi 次元の「穴」を表すサイクル(閉じた鎖)を cX、空間 Yj 次元のサイクルを cY とする。このとき、これらの直積 cX × cY は、積空間 X × Y 内の i+j 次元のサイクルとなる。 例えば、円周 S1(1次元の穴を持つ)と円周 S1 の積であるトーラス を考える。

  • S1 上の点(0次元サイクル)と S1 上の点(0次元サイクル)の積は、トーラス上の点(0次元サイクル)になる。
  • S1 上のループ(1次元サイクル)と S1 上の点(0次元サイクル)の積は、トーラス上のループ(1次元サイクル)になる。
  • S1 上のループ(1次元サイクル)と S1 上のループ(1次元サイクル)の積は、トーラス全体を覆う面(2次元サイクル)になる。

キネットの定理(特に体係数の場合)は、基本的に「積空間のホモロジー類は、このような直積によって得られるものが全てである」ということを主張している。

これをベッチ数(穴の数、ホモロジー群のランク)の言葉で言い換えると、積空間のポアンカレ多項式(係数がベッチ数である多項式)は、元の空間のポアンカレ多項式の積になることを意味する。

具体例として2次元トーラス T2を考える。これは2つの円周の積 S1 × S1 とみなせる。円周 S1 のベッチ数は、b0=1, b1=1 であり、ポアンカレ多項式は である。

キネットの定理(あるいはポアンカレ多項式の積の公式)を用いると、トーラスのポアンカレ多項式は以下のように計算できる。

これより、トーラスのベッチ数は b0=1, b1=2, b2=1 であることが分かる。これは、「1つの連結成分」「2つの独立したループ」「1つの空洞」を持つという直観的な事実と一致する。

体係数の特異ホモロジー

XY を2つの位相空間とする。一般には特異ホモロジーを用いるが、もし XYCW複体であれば、胞体ホモロジー英語版で置き換えることができる。なぜなら、胞体ホモロジーは特異ホモロジーと同型だからである。最も単純なケースは、ホモロジーの係数環が F である場合である。この状況において、(特異ホモロジーに対する)キネットの定理は、任意の整数 k に対して以下が成り立つことを主張する。

さらに、この同型は自然な同型である。この同型写像は、ホモロジー類のクロス積によって与えられる。すなわち、X 上の i-サイクルと Y 上の j-サイクルから 上の -サイクルを生成する操作が、ホモロジー群の間の写像 を誘導し、これの直和が上記の同型を与える。

この結果の帰結として、ベッチ数 係数ホモロジーの次元)は、XY のベッチ数から決定できる。空間 Z のベッチ数 の数列の母関数 とすれば、以下が成り立つ。

ここで、XY のベッチ数が有限個であり、それぞれが ではなく自然数である場合、これはポアンカレ多項式に関する恒等式と読み取れる。一般の場合、これらは係数が無限大になり得る形式的冪級数であり、それに応じて解釈する必要がある。さらに、上記の主張はベッチ数だけでなく、任意の体上のホモロジーの次元の母関数に対しても成立する。(もし整数係数ホモロジーが捩れなし(torsion-free)でない場合、これらの数は標準的なベッチ数とは異なる可能性がある。)

単項イデアル整域係数の特異ホモロジー

上記の公式が単純なのは、体上のベクトル空間が非常に制限された振る舞いをするからである。係数環がより一般的になるにつれて、関係はより複雑になる。次に単純なケースは、係数環が単項イデアル整域(PID)の場合である。整数環 は PID をなすため、このケースは特に重要である。

この場合、上記の方程式はもはや常に真であるとは限らない。捩れ(torsion)現象の可能性を説明するために、補正因子が現れる。この補正因子は、テンソル積の最初の導来関手であるTor関手を用いて表現される。

R が PID の場合、キネットの定理の正しい主張は、任意の位相空間 X および Y に対して、以下の自然な短完全列が存在することである。

さらに、この完全列は分裂する(が、自然には分裂しない)。

この公式は一見複雑だが、実用上は以下の簡略化が重要である。もし の少なくとも一方が捩れなし(torsion-free)であれば、Tor項はゼロとなり、以下の単純な同型が得られる。

すなわち、空間のホモロジー群が自由アーベル群のみで構成される場合(例:球面やトーラスなど)は、体係数の場合と同様に計算できる。

先述の短完全列を用いると、2つの実射影平面の積 の整数係数ホモロジー群 を計算できる。 のホモロジー群 と略記する。

ここで、Tor群 が非ゼロとなるのは の場合のみであり、

となる。また、テンソル積 については、 および であることに注意する。 キネットの完全列において、各次数 でTor項(次数 に由来)かテンソル積項(次数 に由来)のいずれかがゼロとなるため、完全列は直和に分解する。結果は以下の通りである。

なお、 については対応する項がすべてゼロとなるため、ホモロジー群はゼロである。

コホモロジー環におけるキネットの定理

ホモロジー群と同様に、コホモロジー群についてもキネットの定理が成立する。特に係数環 である場合、積空間のコホモロジーは、カップ積によって次数付き代数(環)の構造を持つ。このとき、キネットの定理は単なるベクトル空間の同型だけでなく、代数としての同型を与える。

ここで右辺は、次数付き代数のテンソル積である。すなわち、 とするとき、その積は

によって定義される。この事実は、積空間のコホモロジー環の構造を決定する上で有用である。

キネット・スペクトル系列

一般の可換環 R に対して、XY のホモロジーは、キネットスペクトル系列によってそれらの積のホモロジーに関連付けられる。

上述の場合において、このスペクトル系列は崩壊(collapse)し、同型または短完全列を与える。

ホモロジー代数との関係、および証明のアイデア

空間 X × Y鎖複体は、自然な擬同型によって XY の鎖複体に関連付けられる。

特異鎖に対して、これはアイレンバーグ・ジルバーの定理英語版である。CW複体上の胞体鎖に対しては、これは直接的な同型である。すると、右辺のテンソル積のホモロジーは、ホモロジー代数におけるスペクトル的キネット公式によって与えられる[1]

鎖加群の自由性は、この幾何学的なケースにおいては、いかなる超ホモロジー英語版や全導来テンソル積も使用する必要がないことを意味する。

上記の主張の類似は、特異コホモロジー層コホモロジーに対しても存在する。代数多様体上の層コホモロジーについて、アレクサンドル・グロタンディークは、2つの層の鎖複体の超ホモロジー群と、それらのテンソル積の超ホモロジー群を関連付ける6つのスペクトル系列を発見した[2]

一般ホモロジー・コホモロジー理論におけるキネットの定理

参考文献

外部リンク

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