ギョクハン・インレル
スイスのサッカー選手
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ギョクハン・インレル(Gökhan Inler, 1984年6月27日 - )は、スイス・ゾロトゥルン州オルテン出身の元サッカー選手。現役時代のポジションはミッドフィールダー。トルコにルーツを持つ。姓はインラーとも表記される。
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ベシクタシュJKでのインレル (2023年) | ||||||
| 名前 | ||||||
| ラテン文字 | Gökhan Inler | |||||
| 基本情報 | ||||||
| 国籍 |
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| 生年月日 | 1984年6月27日(42歳) | |||||
| 出身地 | オルテン | |||||
| 身長 | 183cm | |||||
| 体重 | 80kg | |||||
| 選手情報 | ||||||
| ポジション | MF (CH) | |||||
| 利き足 | 右足 | |||||
| ユース | ||||||
| 1989-1998 |
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| 1998-2002 |
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| 2002-2004 |
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| クラブ1 | ||||||
| 年 | クラブ | 出場 | (得点) | |||
| 2004 |
| 0 | (0) | |||
| 2005-2006 |
| 25 | (3) | |||
| 2006-2007 |
| 52 | (3) | |||
| 2007-2011 |
| 141 | (6) | |||
| 2011-2015 |
| 118 | (9) | |||
| 2015-2016 |
| 5 | (0) | |||
| 2016-2017 |
| 14 | (0) | |||
| 2017-2020 |
| 44 | (1) | |||
| 2020-2023 |
| 3 | (0) | |||
| 2023-2024 |
| 34 | (2) | |||
| 代表歴 | ||||||
| 2005 |
| 3 | (0) | |||
| 2006 |
| 1 | (0) | |||
| 2006-2015 |
| 89 | (7) | |||
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クラブ経歴
FCバーゼルの下部組織でプレーした後、フェネルバフチェSKと契約寸前までいくも最終的には契約まではいたらず、その後FCアーラウでプロデビューを果たす。FCチューリッヒではブレリム・ジェマイリやシャビエル・マルガイラス等と共にクラブの2連覇の中心選手として活躍した。2007年、FCチューリッヒ時代の監督リュシアン・ファーヴルが指揮を執ることになったドイツのヘルタ・ベルリンではなくイタリアのウディネーゼ・カルチョに移籍。新加入ながら中盤の要としてガエターノ・ダゴスティーノと共に奮闘し、チームのUEFAカップ出場権獲得に貢献。
2011年7月11日、SSCナポリに5年契約で加入した。同胞のブレリム・ジェマイリと同じチームでプレーすることになった。
2015年8月19日、レスター・シティFCに3年契約で加入[1]。退団したエステバン・カンビアッソの後釜として期待されたが、エンゴロ・カンテやダニー・ドリンクウォーターがブレイクしたこともあり、チームはクラブ史上初となるリーグ優勝を達成したものの、自身は5試合の出場に留まった。
代表経歴
2006年9月2日、ベネズエラ代表戦でラファエル・ヴィッキーとの交代で途中出場し出場しスイス代表デビューを果たす。UEFA EURO 2008、2010 FIFAワールドカップにも招集され、2014 FIFAワールドカップではキャプテンとしてベスト16進出に貢献した。
UEFA EURO 2016では、レスターで控えに甘んじていたことが原因で本大会に向けた候補メンバー28名から外される結果となった[3]。
人物・エピソード
- レスター・シティFC時代のチームメイトでプレミアリーグ優勝を共に経験した岡崎慎司は、インレルについて「何カ国語も話せる語学力がある」と語っている[4]。
代表歴
出場大会
試合数
- 国際Aマッチ 89試合 7得点(2006年-2015年)[5]