ギーザー・バトラー
イングランドのミュージシャン、ベーシスト
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テレンス・マイケル・ジョゼフ・"ギーザー"・バトラー(Terence Michael Joseph "Geezer" Butler、1949年7月17日 - )は、イギリスのロック・ミュージシャンで、ヘヴィメタル・バンド、ブラック・サバスのベーシスト、作詞家として最もよく知られている。他に自身の名前を冠したヘヴィメタル・バンド、ギーザーでも活躍した。
| ギーザー・バトラー | |
|---|---|
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ドイツ・ニュルンベルク公演(2019年) | |
| 基本情報 | |
| 出生名 | Terence Michael Joseph Butler |
| 生誕 | 1949年7月17日(77歳) |
| 出身地 |
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| ジャンル |
ハードロック ヘヴィメタル |
| 担当楽器 |
ベース ギター |
| 活動期間 | 1966年 - 現在 |
| レーベル | サンクチュアリ・レコード、TVTレコード |
| 共同作業者 |
ブラック・サバス GZR オジー・オズボーン ヘヴン・アンド・ヘル |
| 公式サイト | geezerbutler.com |
キャリア
バーミンガム出身。中等学校を卒業している[1]。1967年秋、旧友オジー・オズボーンと Rare Breed なるバンドを結成。一時期は別の道を歩んだが、2人は再び合流しブルース・バンド Polka Tulk を結成(ここにトニー・アイオミ、ビル・ワードも加わった)。Polka Tulk はジ・アースと名前を変え、さらに1969年にブラック・サバス(Black Sabbath) へと名を変えた[2]。
Rare Breed 時代のバトラーはリズム・ギタリストであったが、トニー・アイオミの要望もありベースに転向[3]。その後一貫してベーシストとして活動することになる。
1970年、ブラック・サバスのメンバーとして、アルバム『黒い安息日』(Black Sabbath) でデビュー。以降今日に至るまで、HR/HM界の第一線で活躍することになる。
オジー・オズボーンをフロントに立てたブラック・サバスにおいて、バンドのレパートリーの歌詞はほとんどすべてをバトラーが手がけている。彼自身、宗教、サイエンス・フィクション、ファンタジーなどに造詣が深く、「黒魔術」「オカルト」をバンド・イメージのひとつとして採用したブラック・サバスの世界観を具体化するにあたっては、彼の書く詞が果たした役割も非常に大きい。 ワウペダルの使用やダウン・チューニング[3]等、サウンド・メイキングにおいても様々な工夫を凝らし、グループの個性を確立するのに貢献した。
1980年のオジー脱退後もロニー・ジェイムス・ディオ、イアン・ギランらを迎えて引き続きグループは活動したが、バトラーは1984年にブラック・サバスから脱退、ギーザー・バトラー・バンドを結成した。
1988年には、オジー・オズボーン・バンドに加入し、No Rest for the Wicked World Tour に参加した。
1991年、『悪魔の掟』(Mob Rules) 期のメンバー(トニー・アイオミ、バトラー、ロニー・ジェイムス・ディオ、ヴィニー・アピス)が再集結したブラック・サバスに復帰、アルバム『ディヒューマナイザー』(Dehumanizer)をはじめ、2枚のアルバムに参加するが、1994年、Cross Purposes Tour 終了後に再びブラック・サバスを脱退[2]。
1995年、オジー・オズボーンのアルバム『オズモシス』に参加した後、自分のプロジェクト「ギーザー」を立ち上げる。以後、再結成ブラック・サバス(オリジナル・メンバー)やヘヴン・アンド・ヘル(『悪魔の掟』期のメンバー。ロニー・ジェイムス・ディオは2010年に死去)などで活動を続けている。
2024年7月には、故郷・バーミンガムをホームタウンとするサッカーチーム「アストン・ヴィラFC」の2024~2025シーズン 新ユニフォーム & ホーム・キットCM動画にオジー・オズボーンと共に出演。CM内ではブラック・サバスのパラノイドが使用された[4]。
ローリング・ストーン誌が選んだ「史上最高のベーシスト50選」で第21位に選ばれている[5]。