クリスチャン・ミハレス
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| 基本情報 | |
|---|---|
| 本名 | クリスチャン・リカルド・ルシオ・ミハレス |
| 通称 | El Diamante(ダイヤモンド) |
| 階級 | スーパーフェザー級 |
| 身長 | 168cm |
| リーチ | 173cm |
| 国籍 |
|
| 誕生日 | 1981年10月2日(44歳) |
| 出身地 | ドゥランゴ州ゴメスパラシオ |
| スタイル | サウスポー |
| プロボクシング戦績 | |
| 総試合数 | 69 |
| 勝ち | 59 |
| KO勝ち | 27 |
| 敗け | 8 |
| 引き分け | 2 |
クリスチャン・リカルド・ルシオ・ミハレス(Cristian Ricardo Lucio Mijares、1981年10月2日 - )は、メキシコの元プロボクサー。ドゥランゴ州ゴメスパラシオ出身。元WBAスーパー・WBC世界スーパーフライ級統一王者。元IBF世界スーパーフライ級王者。
スーパーフライ級
1997年8月20日、ペドロ・エルナンデスとデビュー戦を行い、4回判定勝ちを収めたミハレスがデビュー戦を白星で飾った。
2003年3月12日、メキシコスーパーフライ級王者のトマス・ロハスと対戦し、12回3-0の判定勝ちを収め王座を獲得した。
2006年9月18日、横浜のパシフィコ横浜で元WBC世界スーパーフライ級王者の川嶋勝重(大橋ボクシングジム)とWBC世界スーパーフライ級暫定王座決定戦を行い、12回2-1(114-113×2、113-114)の判定勝ちを収め王座を獲得した[1]。
2006年12月6日、WBC世界スーパーフライ級王者徳山昌守(金沢ボクシングジム)の王座返上に伴いWBCはミハレスを暫定王座から正規王座に昇格させ、正規王者になった。
2007年1月3日、WBC世界スーパーフライ級2位の川嶋勝重と再戦し、10回TKO勝ちを収め2度目の防衛に成功した[2]。
2007年4月14日、テキサス州サンアントニオのアラモドームでホルヘ・アルセと対戦し、12回3-0(119-109、118-110、117-111)の判定勝ちを収め3度目の防衛に成功した[3]。
2007年7月13日、ドゥランゴ州ゴメスパラシオで菊井徹平(花形ボクシングジム)と対戦し、10回2分28秒TKO勝ちを収め4度目の防衛に成功した。
2007年10月20日、キンタナ・ロー州カンクンでWBC世界スーパーフライ級10位のフランク・ ゴルジュと対戦し、初回2分11秒TKO勝ちを収め5度目の防衛に成功した[4]。
2008年2月16日、ネバダ州ラスベガスでホセ・ナバーロと対戦し、12回2-1(115-113、108-120、117-111)の判定勝ちを収め6度目の防衛に成功した。
2008年5月17日、ドゥランゴ州ゴメスパラシオでWBA世界スーパーフライ級王者のアレクサンデル・ムニョスと王座統一戦を行い、12回2-1(116-111、116-112、113-115)の判定勝ちを収め王座統一並びにWBA王座を獲得、WBC王座7度目の防衛に成功した。勝利したミハレスはWBAの規定でスーパー王座に認定された。
2008年8月30日、ヌエボ・レオン州モンテレイのモンテレー・アリーナで元WBC世界フライ級王者のチャッチャイ・サーサクンと対戦し、3回1分20秒でKO勝ちを収めWBA王座初防衛ならびにWBC王座8度目の防衛に成功した。
2008年11月1日、カリフォルニア州ホーム・デポ・センター・テニスコートでIBF世界スーパーフライ級王者ビック・ダルチニアンと王座統一戦を行い、9回終了時KO負けを喫し王座統一に失敗、WBA王座2度目の防衛ならびにWBC王座9度目の防衛に失敗、両王座から陥落した[5]。
バンタム級
2009年3月14日、コアウイラ州トレオンのアウディトリオ・センテナリオでWBA世界バンタム級3位のネオマール・セルメニョとWBA世界バンタム級暫定王座決定戦を行い、12回1-2(113-115、112-116、117-111)の判定負け喫し2階級制覇に失敗した。
2009年9月12日、ヌエボ・レオン州モンテレイのモンテレー・アリーナでWBA世界バンタム級暫定王者のネオマール・セルメニョとダイレクトリマッチを行い、12回0-3(111-117、112-116×2)の判定負けを喫しまたしても2階級制覇出来なかった[6]。敗戦後すぐに現役引退を表明した[7]。
2009年11月20日、2カ月後に引退を撤回してヘスス・ビダルと復帰戦を行い、3回KO勝ちを収め再起した。
2009年12月12日、BJ・ドロロサと対戦し、6回KO勝ちを収め再起2連勝を飾った[8]。
2009年10月、メキシココアウイラ州トレオンに自身のジムを開業[9]。
2010年4月10日、ホルヘ・アルセの弟であるフランシスコ・アルセとNABF北米バンタム級王座決定戦を行い、12回2-1(115-112、114-113、114-117)の判定勝ちを収め王座獲得に成功した。
スーパーフライ級復帰
2010年12月11日、IBF世界スーパーフライ級王者のファン・アルベルト・ロサスと対戦し、12回3-0(117-111、115-113、116-113)の判定勝ちを収めWBA・WBCに続く王座を獲得した[10][11]。
2011年5月15日、IBF世界スーパーフライ級13位のカルロス・ルエダと対戦し、12回3-0(120-108×2、118-110)の判定勝ちを収め初防衛に成功した[12]。
2011年8月20日、バンタム級に転向しキャリアを進める為に王座を返上した[13]。
スーパーバンタム級
2011年9月10日、サカテカス州サカテカスでジョナサン・ペレスとスーパーバンタム級10回戦を行い、3回2分40秒TKO勝ちを収めた。
2012年4月21日、メキシコミチョアカン州モレリアでエディ・フリオとWBCインターナショナルスーパーバンタム級シルバー王座決定戦を行い、4回2分47秒KO勝ちを収め王座獲得に成功した。
2012年10月27日、ラファエル・マルケスとUSNBCスーパーバンタム級王座決定戦を行い、9回1分58秒TKO勝ちを収め王座を獲得した[14]。
2013年4月20日、メキシコシティのアレナ・シウダ・デ・メヒコでWBC世界スーパーバンタム級王者アブネル・マレスの王座返上に伴いビクトル・テラサスとWBC世界スーパーバンタム級王座決定戦を行うも、12回1-2(113-114、114-113、112-115)の判定負けを喫しまたしても2階級制覇に失敗した[15]。
2013年12月14日、メキシコシティの社会保険労働者ドームでジョバンニ・ソトと対戦し、3回1分4秒TKO勝ちを収めた[16]。
2014年3月8日、MGMグランド・ガーデン・アリーナでWBC世界スーパーバンタム級王者のレオ・サンタ・クルスと対戦し、12回0-3(108-120×2、109-119)の判定負けを喫し2階級制覇に失敗した[17]。
フェザー級
2014年6月21日、カンクンでセバスチャン・ダニエル・ロドリゲスとフェザー級10回戦を行い、7回2分59秒TKO勝ちを収めた。
2014年11月15日、カンクンでレスター・メドラノとフェザー級10回戦を行い、10回3-0(99-91×3)の判定勝ちを収めた[18][19]。
2016年6月4日、カンクンでアンドレス・グティエレスとWBCフェザー級シルバー王座決定戦を行い、12回2-0(116-112、114-113、114-114)の判定勝ちを収め王座獲得に成功した[20][21]。
2016年10月29日、ドゥランゴ州ゴメスパラシオで川島翔平(真正ボクシングジム)と対戦し、12回3-0(115-113×3)の判定勝ちを収め初防衛に成功した[22][23]。
2017年4月9日、カンクンでトマス・ロハスとフェザー級10回戦を行い、10回3-0(96-93、96-94、95-94)の判定勝ちを収め14年ぶりの再戦を制した[24]。
2017年10月7日、カンペチェでヘスス・アルバロとフェザー級10回戦を行い、10回判定勝ちを収めた[25][26]。
スーパーフェザー級
2017年12月28日、2018年2月10日にカンクンでWBC世界スーパーフェザー級王者のミゲール・ベルチェットと2階級制覇を目指して対戦することが一旦決定したが[27][28]。最終的に出場をキャンセルした[29]。
2018年3月18日、カンクンのオアシス・アリーナでフェルナンド・ダビド・サウセドと対戦し、8回2分20秒TKO勝ちを収めた[30]。