クリス・アーノルド

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生年月日 (1947-11-06) 1947年11月6日(77歳)
身長
体重
5' 10" =約177.8 cm
160 lb =約72.6 kg
クリス・アーノルド
Chris Arnold
基本情報
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
出身地 カリフォルニア州ロングビーチ[1]
生年月日 (1947-11-06) 1947年11月6日(77歳)
身長
体重
5' 10" =約177.8 cm
160 lb =約72.6 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 二塁手一塁手外野手
プロ入り 1965年 ドラフト11巡目
初出場 MLB / 1971年9月7日
NPB / 1978年4月1日
最終出場 MLB / 1976年10月2日
NPB / 1980年11月2日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

クリストファー・ポール・アーノルドChristopher Paul Arnold, 1947年11月6日 - )は、アメリカ合衆国出身の元プロ野球選手内野手)。

シトラス短期大学卒業後米球界入り。1971年から1976年まではメジャーリーグサンフランシスコ・ジャイアンツに在籍し、内野全てのポジションを守りユーティリティープレイヤーとして活躍していた[1]

1978年から来日し近鉄バファローズに在籍。背番号は41。180cm、78kgと日本人選手とさほど変わらない体格もあって、同時期に近鉄に在籍したチャーリー・マニエルとは異なり、シュアなバッティングが持ち味の中距離打者として活躍した[2]1979年は17本塁打を打ち、8月4日の阪急戦では1イニング2二塁打を記録するなど打撃でリーグ優勝に貢献[3]広島東洋カープとの日本シリーズでは最終戦の「江夏の21球」の場面にも登場している。堅実な守備が売りと言われており二塁手でスタメン出場することが多かったが守備では精彩を欠く場面も多く、試合終盤には守備固めが入り一塁に回ることもあった[2][3]。翌1980年は控えに回ることが多かったが、同様にリーグ優勝に貢献した。

1980年のシーズンを最後に近鉄を退団し、米球界に復帰。引退後は再び来日し、米球界から来日する助っ人外国人選手の代理人を務めている[1]タフィ・ローズの代理人として有名[2]

日本プロ野球に所属した選手を全員五十音順に並べると、アーノルドが最初に来る。

詳細情報

年度別打撃成績

















































O
P
S
1971 SF 614132300163000010020.231.286.462.747
1972 5193848193112740110801123.226.301.321.623
1973 49635471620121130001802112.296.400.389.789
1974 781921742242731582611021511271.241.302.333.635
1975 2945414800080000040083.195.267.195.462
1976 6076694150101750001601164.217.286.246.532
1978 近鉄 123431402591102601518172523518136112.274.310.450.760
1979 116433395571141741719065633726126212.289.336.481.817
1980 91279254386481111073713212210576.252.312.421.733
MLB:6年 27348343547103125413751121442157613.237.309.315.624
NPB:3年 3301143105115428851543478174128813663518030.274.320.455.775

表彰

記録

背番号

  • 31(1971年)
  • 17(1972年 - 1974年)
  • 15(1975年 - 1976年)
  • 41(1978年 - 1980年)

脚注

関連項目

外部リンク

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