クリス・ファーロウ
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| クリス・ファーロウ Chris Farlowe | |
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クリス・ファーロウ(2010年) | |
| 基本情報 | |
| 出生名 | John Henry Deighton |
| 生誕 | 1940年10月13日(85歳) |
| 出身地 |
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| ジャンル | ロック、ブルースロック、ブルー・アイド・ソウル、ジャズ・ロック、プログレッシブ・ロック |
| 職業 | 歌手 |
| 担当楽器 | ボーカル |
| 共同作業者 |
クリス・ファーロウ&ザ・サンダーバーズ コロシアム アトミック・ルースター ジミー・ペイジ |
| 公式サイト | Official Chris Farlowe Website |
クリス・ファーロウ(Chris Farlowe、1940年10月13日[1] - )は、イングランドのボーカリスト。本名はジョン・ヘンリー・デイトンで、芸名の「ファーロウ」はジャズ・ギタリストのタル・ファーロウにあやかって付けられた[1]。
誕生〜1960年代
北ロンドンのイズリントンで生まれた。少年時代にイギリスでスキッフルのブームが起こると、ジョン・ヘンリー・スキッフル・グループを結成してギターを弾きながら歌うが、その後はボーカルに専念するようになる[1]。そして、1962年にはクリス・ファーロウ&ザ・サンダーバーズ名義でデビュー・シングル「Air Travel」を発表する[1]。1964年にはサンダーバーズにアルバート・リーが加入。1967年2月から1968年5月まで、カール・パーマーが在籍した[2][3]。
1966年、アンドリュー・ルーグ・オールダムが設立したイミディエイト・レコードと契約。ローリング・ストーンズのミック・ジャガーとキース・リチャーズが提供した「シンク」は全英シングルチャートで37位を記録した[4]。同年には、やはりジャガー=リチャーズの提供による「アウト・オブ・タイム」[注釈 1](全英1位[4])、「ライド・オン・ベイビー」(全英31位[4])をシングル・ヒットさせた[注釈 2]。また、1966年9月16日に放映された『レディ・ステディ・ゴー』では、エリック・バードンと共にオーティス・レディングのステージにゲスト参加した[1]。
1967年、スモール・フェイセスのスティーヴ・マリオットとロニー・レーンが提供した「マイ・ウェイ・オブ・ギヴィング」が全英48位に達した[4]。その後、アート・ブレイキー&ザ・ジャズ・メッセンジャーズのカヴァー「モーニン」が全英46位、マンフレッド・マンのマイク・ダボが提供した曲「ハンドバッグス・アンド・グラッドラグス」が全英33位を記録するが、それ以後はシングル・ヒットに恵まれなくなる[4]。
1970年代以降
1970年、コロシアムに加入。ファーロウ加入後のアルバム『ドーター・オブ・タイム』(1970年)は全英アルバムチャートで23位、『コロシアム・ライヴ』(1971年)は17位に達した[5]。コロシアム解散後はアトミック・ルースターに加入し、スタジオ・アルバム2作に参加した。
1981年12月には、ドイツのルートヴィヒスブルクでブライアン・オーガー及びピート・ヨークと連名のアルバム『Olympic Rock & Blues Circus』を録音[6]。1982年公開のアメリカ映画『ロサンゼルス』のサウンドトラックでは、「Who's to Blame」と「Hypnotizing Ways (Oh Mamma)」の2曲でジミー・ペイジと共演[7]。その後、ジミー・ペイジのソロ・アルバム『アウトライダー』(1988年)では3曲に参加した。
1994年、コロシアムが『ドーター・オブ・タイム』期のラインナップで再結成され[8]、ファーロウはその後もソロ活動と並行してコロシアムで活動を続けた。