クレオ・レーン

From Wikipedia, the free encyclopedia

出生名 Clementine Dinah Hitching
生誕 (1927-10-28) 1927年10月28日
死没 (2025-07-24) 2025年7月24日(97歳没)
クレオ・レーン
Cleo Laine
クレオ・レーン(1997年)
基本情報
出生名 Clementine Dinah Hitching
生誕 (1927-10-28) 1927年10月28日
出身地 イングランドの旗 イングランド ミドルセックスサウスオール
死没 (2025-07-24) 2025年7月24日(97歳没)
ジャンル ジャズポップス
職業 歌手女優
担当楽器 ボーカル
活動期間 1950年 - ?
テンプレートを表示
クレオ・レーン(2007年)

クレオ・レーンCleo LaineDBE1927年10月28日 - 2025年7月24日)は、スキャットで名高いイギリスの大御所ボーカリストにしてミュージカル女優である。ジャズポピュラー音楽クラシック音楽の各部門においてグラミー賞にノミネートされたことのある唯一の女性歌手である。

ロンドン郊外のサウスオール[1]にて、ジャマイカ人の父とイングランド人の母親との間に生まれる。早くから母親によって声楽教室やダンス教室に通わされるも、20代半ばまでは本気で歌手になるつもりはなく、美容師見習いや司書、質屋の店員として働いた。ミュージシャンのジョニー・ダンクワース率いるジャズ・バンドのオーディションに晴れて合格し、1958年までその楽団と共演を続ける。同年、ダンクワースと結婚。

その後は歌手や舞台女優として活動の幅を広げるようになり、1950年代ジョン・オズボーンハロルド・ピンターら当時の若手作家の拠点であった、ロンドンのロイヤルコート劇場において新作戯曲の主役を張る。1959年以降はミュージカルにも進出し、1971年にはアデルフィ劇場における『ショウボート』公演にも出演した。

この間に録音でも2度の大成功を収めている。1961年エディンバラ音楽祭においてクルト・ヴァイルの『七つの大罪』のプリマドンナを務めるなか、レコード「You'll Answer to Me」を全英トップテンにチャートインさせた。1964年に夫ジョニー・ダンクワースと共演したアルバム『シェクスピア・ジャズ (Shakespeare and All that Jazz)』は、批評家筋から幅広い称賛を勝ち得るとともに、ジャズ・ボーカリストとしては斬新な一面と一体化してきた彼女のレパートリーの中でも、今日まで際立って画期的な一枚に数えられている。

1972年に国際的な活動を開始。オーストラリアで最初のツアーを行なって成功させ、その直後には、ニューヨークリンカーンセンターにおいて米国デビューも果たすとともに、1973年にはカーネギーホールでもコンサートを行った。その後は全米ツアーとカナダ・ツアーを行い、数々のレコード製作やテレビ出演にも活躍。これまでにも度々グラミー賞にノミネートされてきたが、1983年のカーネギーホールにおけるライブを収録した音盤により、初めてグラミー賞を獲得した。その他の重要なアルバムに、レイ・チャールズメル・トーメと共演したものや、グラミー賞クラシック音楽部門にノミネートされたシェーンベルクを歌ったアルバム『月に憑かれたピエロ (Sings Pierrot Lunaire)』がある。またジェームズ・ゴールウェイナイジェル・ケネディジュリアン・ロイド・ウェッバージョン・ウィリアムスら、クラシック音楽のアーティストとも共演をしてきた。

1979年に音楽界への献身が実ってDBEを授与され、1997年正月には、デイムの称号を授かった(2006年の正月には、夫ジョニーがCBEに序せられサーの称号を授与された)。

その他に、バークリー音楽大学ケンブリッジ大学ヨーク大学などから名誉博士号を授与されており、さらにケンブリッジ大学からは、ヒューズホール大学院の名誉学友に選ばれている。

2025年7月24日の午後に死去。97歳没[2]

ディスコグラフィ

脚注

外部リンク

Related Articles

Wikiwand AI