グッドラック・ジョナサン
ナイジェリアの政治家、ナイジェリア連邦共和国第14代大統領
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グッドラック・エベレ・アジキウェ・ジョナサン(Goodluck Ebele Azikiwe Jonathan、1957年11月20日[1] - )は、ナイジェリアの政治家。同国第14代大統領。第11代副大統領などを歴任。ナイジェリア議会国民民主党(人民民主党とも) (People's Democratic Party (Nigeria)) 所属議員。

経歴
ナイジェリア南部のリバーズ州(のちバイエルサ州)のオグビアLGAのオトゥエケで生まれた[1]。ポートハーコート大学で水生生物学/水産学の修士を経て動物学博士号を取得。妻はペイシェンス・ジョナサン。2005年12月知事のディエプレイェ・アラミエイェセイガ (Diepreye Alamieyeseigha) がロンドンでの資金洗浄の嫌疑で逮捕され、12月9日副知事のジョナサンが知事に就任した。
2006年12月には、大統領選挙に先立ち前副大統領のアティク・アブバカルが追放され、オバサンジョの後継候補ウマル・ヤラドゥアの副大統領候補に選ばれ、ヤラドゥアと共に4月に行われた2007年のナイジェリア総選挙に勝利し、2007年5月29日にヤラドゥア政権の副大統領に就任した。4月20日には選挙の遅延を図りジョナサンの暗殺が試みられたが失敗に終わり無事だった[2]。
勝利後の5月16日にも選挙結果に不満を保つ者に自宅を襲撃され警官が2名殺害された[3]。ヤラドゥアの公約である資産公開に伴いジョナサンも2007年8月8日に5月30日時点での資産を公開し、総額 295,304,420 ナイラであった[4]。
2009年11月より大統領のヤラドゥアが心臓病の治療で国外の病院に入院し、国政に混乱が生じたため翌2010年2月9日に大統領権限を移譲され、大統領代行に就任。この間、内閣改造を行い、ヤラドゥアに近い閣僚を外したとされる[5]。5月5日にヤラドゥアが死去し、正式に大統領に就任。残り約1年の任期を引き継ぎ、2011年4月16日投開票の大統領選挙で57%の票を獲得し当選した[6]。2015年3月の大統領選挙で破れ、同年5月29日に退任。