グランドナショナル

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開催国 イギリスの旗イギリス
創設 1839年2月26日
距離 障害芝34ハロン(4マイル2ハロン74ヤード)
(約6,907メートル)
グランドナショナル
Grand National Handicap Chase
開催国 イギリスの旗イギリス
競馬場 エイントリー競馬場
創設 1839年2月26日
2023年の情報
距離 障害芝34ハロン(4マイル2ハロン74ヤード)
(約6,907メートル)
格付け PrH[注釈 1]
賞金 1着賞金50万ポンド
賞金総額100万ポンド[1]
出走条件 7歳以上
負担重量 ハンデキャップ
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グランドナショナルGrand National)とは毎年4月にイギリスリヴァプール郊外にあるエイントリー競馬場で行われる障害競走である。

距離は4マイルと2ハロンと74ヤード(約6,907メートル)、計16個設置されている障害を延べ30回飛越する。

イギリスでは最も人気のあるレースであり、馬券の売上額もダービーステークスチェルトナムゴールドカップを上回りイギリス国内最高を誇る。

ブックメーカーなどを含め、ベッティングに投じられた金額は、2007年で2.75億ポンド(約655億円)、2015年で3億ポンド(約540億円)に達すると推定されている。ロイターによると、2019年の売り上げは推定3億ポンド(約437億円)[2]である。年によっては世界一の馬券売上額を誇る日本有馬記念を上回ることもある。

この競走はグランドナショナルミーティングのメイン競走としてハンデキャップで行われる。

ほぼ毎年出走可能頭数の限界の40頭の出走馬を集めるが、年によっては完走頭数は10頭を切ることも珍しく無い事から世界一過酷な障害レースと言われている。

以前は発走の際スターティングバリアーの直後に整列していたが発走の遅延が絶えなかったため、2008年より他の競走同様にバリアー後方から整列せずにスタートを行う方式に変更されたが、2021年より再び発馬機を使用するスタートに変更された。

このレースに範を取った「グランドナショナル」という名の競走は世界各地で行われている。日本では伝統の障害重賞である中山大障害がこのレースに範を取ったものである。

2005年からはビール会社のジョン・スミスズ(John Smith's)がスポンサーとなっていたが、2014年に酒造会社のクラビーズ(Crabbie's)に代わり、さらに2017年からは、5年契約で化学検査会社のランドックス・ヘルス(Randox Health)がスポンサーとなった。

2017年現在の賞金総額は100万ポンドで[注釈 2]、障害競走としては世界最高の賞金額となっている。

出走馬は満7歳以上で、かつステープルチェイス競走で10勝以上の勝利があり、過去に3マイルのステープルチェイス競走で4着以内に入った実績を持つことが必要とされる(2012年より)。2011年までは年齢制限はなく、勝利数も「ハードル競走(en:Hurdling (horse race))を含めた障害競走で15勝以上」という基準だったが、同年のレースで2頭の馬がレース中に亡くなった事故を受けて、出走基準が厳格化された[3]

2022年まではグレード3[注釈 3]の重賞だったが、2023年からハンデキャップ重賞の「プレミアムハンデキャップ」の新設によりPrH重賞となっている。

コース

コースの形状

この競走ではエイントリー競馬場のナショナルコースという特別なコースを2周する。このコースは4月開催でトッパムチェイス、フォックスハンターズチェイス、グランドナショナルの3競走、11月開催でグランドセフトンチェイス、ビーチャーチェイスの5競走のみに使用される。1周2.25マイル(3,600メートル)の周回コースであり直線距離は494ヤード(451メートル)。全体として起伏は少なくほぼ平坦となっている。

障害の形状

コース

グランドナショナルに使用される障害は英愛で一般的なものと異なり、トウヒの枝を組み合わせて作られている。全部で16の障害が設けられ、ザ・チェアと呼ばれる障害と水濠障害を除いて2度飛越することになる。6番目(22番目)及び7番目(23番目)、8番目(24番目)、9番目(25番目)、15番目の障害にはそれぞれ固有の名称が付いており順にビーチャーズブルック(Becher's Brook)、フォイネイボン(Foinavon)、キャナルターン(Canal Turn)、バレンタインズブルック(Valentine's Brook)、そしてザチェア(The Chair)である。

最難関とされるのはビーチャーズブルックである。障害は踏み切り地点より着地側が低くなっているため、バランスを取ることが難しく毎年複数の馬が落馬する。またザチェアは踏み切り地点の乾壕をもち、そして最も高い障害である。そしてキャナルターンとフォイネイボンについては、前者は着地後に直角に曲がるコーナーがあり後者もカーブの途中に設置されているため馬が内側に密集しやすく年によっては多重落馬が発生している。

2001年のレースではキャナルターンで空馬が障害の手前を横切り、多重落馬が発生する大事故が起こった[注釈 4][4]。これ以降、キャナルターンの障害右手に退避通路が設置され空馬がレースの馬群に混ざらないように配慮されている。

全障害の規模

  • 第1・第17障害(THORN FENCE) 4フィート6インチ(約137センチメートル)
  • 第2・第18障害(FENCE) 4フィート7インチ(140センチメートル)
  • 第3・第19障害(WESTHEAD) 4フィート10インチ(147センチメートル) 飛越側に幅6フィート(182センチメートル)の乾壕
  • 第4・第20障害(PLAIN FENCE) 4フィート10インチ
  • 第5・第21障害(SPRUCE FENCE) 5フィート(152センチメートル)
  • 第6・第22障害(BECHER'S BROOK) 5フィート着地側は6フィート(213センチメートル)
  • 第7・第23障害(FOINAVON FENCE) 4フィート6インチ
  • 第8・第24障害(CANAL TURN) 5フィート
  • 第9・第25障害(VALENTINE'S BROOK) 5フィート
  • 第10・第26障害(THORN FENCE) 5フィート
  • 第11・第27障害(BOOTH) 5フィート 飛越側に幅6フィートの乾壕
  • 第12・第28障害(FENCE) 5フィート
  • 第13・第29障害(FENCE) 4フィート7インチ
  • 第14・第30障害(FENCE) 4フィート6インチ
  • 第15障害(THE CHAIR) 5フィート2インチ(157センチメートル) 飛越側に幅6フィートの乾壕
  • 第16障害(WATER JUMP) 2フィート9インチ(84センチメートル) 着地側に幅9フィート7インチ(297センチメートル)の水濠

障害の変遷

グランドナショナルのコースは初期に石壁障害が水濠障害に変更され、その後も幾度か障害の形状、大きさに変更が加えられている。初期は天然の障害も使用していたため18インチ(約46センチメートル)の土塁など小規模なものも存在した。1885年の時点では最後の直線の3つの障害などで3フィート6インチ(約107センチメートル)のハードルを7基使用し計11回飛越を行っていたほか、現在では全障害の中で最も低い4フィート6インチ(約137センチメートル)のフォイネイボンが当時は5フィート6インチ(168センチメートル)と最も高い障害だった。

1888年にハードルがフェンスに置き換えられ、そして20世紀を過ぎると大幅な変更は行われなくなった。しかし1961年に危険すぎるとの批判を受け、障害に傾斜そして踏み切り板を設けるなどの安全対策が行われた。その後も何度か障害の形状に変更が加えられ、1990年にはビーチャーズブルックの着地側のスロープが埋め立てられた(これは、1989年にビーチャーズブルックで2頭が死亡したことによる)。このため、ビーチャーズブルックをはじめ多くの障害がその難易度を低下させている。

チェッカーフラッグ

同じコースを2周するグランドナショナルだが2周目に入った際、1周目で多重落馬事故があり整理がつかない場所がある場合や故障した馬の処分をその場で行い、障害の飛越が危険であると判断された場合は障害前方で係員がチェッカーフラッグを振る。その場合は障害横の退避通路を通り、障害をパスする事が許される。2011年は2周目の20号障害・22号障害(ビーチャーズブルック)において故障馬が留まったため、ともにパスされている[5]

歴史

グランドナショナルは1836年2月29日にリヴァプールのホテル経営者ウィリアム・リンによってリバプール・グランドナショナル・スティープルチェイスという名で創設された。1839年から回数カウントを始めているが実際は1836年から同等の競走が始まっており、1860年代半ばまでは公式記録として認められていた。かつて1836年から1838年までの3競走は以前はエイントリー競馬場以外で行われたと考えられていたが、現在はこれらもエイントリー競馬場で行われたことが判明している。

  • 1839年、コンラッドに騎乗したビーチャー大佐が1周目の小川で落馬し、その小川が「ビーチャーズブルック」と命名された。
  • 1844年、ハンデキャップ競走に改められる。
  • 1847年、現在のグランドナショナルに改名。
  • 1862年、グランドナショナルでは唯一となる騎手の死亡事故が発生した。
  • 1928年、キャナルターンで集団落馬が発生。出走馬42頭のなかで優勝馬ティペラリーティム(Tipperary Tim)のみが無事故で完走。そして2着に再騎乗のビリーバートンが入り、この2頭のみが完走した。
  • 1929年、前年の事故を受けキャナルターンの乾壕が取り除かれた。また前大会で全くの無名馬が優勝したため同年の競走は多数の出馬登録が行われ、グランドナショナル史上最多の66頭が出走した。完走は10頭。
  • 1956年の大会は競馬の歴史上でも最も不可解なレースの1つとして名高い。ディック・フランシス騎手が乗るクイーンマザー(エリザベス王太后)所有のデヴォンロック英語版は最終障害を大差でクリアーして楽勝するかと思われたが、残り50メートルに満たない地点で突然四肢を投げ出して座り込んでしまった。この際、特に故障などは何もなく直後に立ち上がっている。この事故が起こった場所は1周目に飛越した水濠障害のすぐ脇であり、この障害の影に驚いたのではないかと言われた。フランシス本人は大きな歓声に驚いてそのようになったと語っている[6][7]
  • 1964年、エイントリー競馬場の所有者のトッパム夫人が競馬場を売りに出すと宣言し、以来1973年にビル・デイビスが300万ポンドで購入するまで毎年が「最後のナショナル」と言われた。デイビスの所有時も経営はいま一つ安定せず1983年ジョッキークラブが340万ポンドで購入、これにより英国の競馬が続く限りグランドナショナルは存続することになった。
  • 1967年、馬群の先頭を走っていたカラ馬が23番目のフェンス直前で急にストップするというアクシデントのため後続の20頭以上の馬が落馬または立往生してしまい、先頭から50馬身近く離されていたフォイネイボン英語版だけがスムーズに追い越し、逆に後続に50馬身をつける独走態勢となる。結局そのまま後続を振り切って1着でゴールイン、101倍の配当となった[8]。なお、この23番目(1周目は7番目)のフェンスにはこの年の勝ち馬の名前である「フォイネイボン」の名がつけられている。
  • 1993年、スターティングバリヤーの白いテープがうまく跳ね上がらず発走やり直し、2度目も馬や騎手がテープに絡まりスターターはフォルススタートを宣言したが合図の赤旗が誰にも目撃されることなく39頭中30頭がスタート。2周目のスタンド前で再び赤旗が振られたが反対派の抗議と解釈した[9]多くの騎手はレースを続行し7頭が完走。J・ホワイト騎乗のエシャーネスが1位入線したが競走不成立により幻の優勝となった[10]。これにより1993年のグランドナショナルは中止となり、翌1994年からはスターティングバリヤーが手動式から電動式に変わるなど多くの改善がなされた。
  • 1997年、グランドナショナルの始まる1時間前にIRA暫定派を名乗る人物から競馬場に爆弾を仕掛けたとの電話があり、観客を競馬場から全員避難させ競走は中止となった。その2日後に改めてレースが行われた。調教師のジェニー・ピットマン英語版はこの事件に対し涙で抗議した[11]
  • 1998年、1周目の名物障害の1つであるビーチャーズブルックの前の障害で計3頭が死亡し、動物愛護団体が抗議行動を行った。
  • 2001年、1周目の名物障害の1つであるキャナルターンで空馬が障害の手前を横切り、多重が落馬する大事故があった。1着のレッドマローダーと2着のスマーティが無事故で完走。3着に再騎乗したブローイングウインド、4着に同じく再騎乗したパピヨンが入り、この4頭が完走した。4頭が完走するのは、1980年以来21年ぶり。
  • 2005年、152頭が1次登録し、最多記録を塗り替えた。
  • 2014年、出走馬のうち1頭がスタートを拒否しそのまま走る事なく競走中止するアクシデントが発生した。
  • 2023年動物愛護団体の活動家がコースに乱入するなどの妨害を行ったため、発走時刻が約15分遅れて118名が逮捕された[14]。なお、第2号障害から先に進めなかった馬は8頭と過去3年と比較しても明らかに多く[注釈 5]、発走時刻の遅れがレース序盤に影響を与えた可能性がある[注釈 6][15]

各種記録

  • レースレコード - 8:47.8 ミスターフリスク(1990年)
  • 最多出走頭数 - 66頭(1929年)
  • 最多完走頭数 - 23頭(1984年)
  • 最少完走頭数 - 2頭(1928年)
  • 最多勝利馬 - レッドラム 3勝(1973、1974、1977年)
  • 最多勝利騎手 - ジョージ・スティーヴンス 5勝(1856、1863、1864、1869、1870年)
  • 最多勝利調教師 - フレッド・リメル(1956、1961、1970、1976年) ジンジャー・マッケイン(1973、1974、1977、2004年)各4勝
  • 最高齢勝利馬 - ピーターシンプル 15歳(1953年)
  • 最高齢勝利騎手 - ディック・サウンダーズ 48歳(1982年)
  • 最年少勝利騎手 - ブルース・ホッブズ 17歳(1938年)

歴代優勝馬

施行日優勝馬性齢タイム優勝騎手管理調教師馬主
1836年2月29日The Duke騸720:10M.BecherW.Sirdefield
1837年3月4日The Duke騸814:00H.PottsT.Chawner
1838年3月5日Sir William牡7A.McDonoughA.McDonough

以下より公式大会として回数をカウント。

回数施行日優勝馬性齢タイム優勝騎手管理調教師馬主
第1回1839年2月26日Lottery騸914:53J.MasonG.DockerayJ.Elmore
第2回1840年3月5日Jerry騸1012:30B.BrethertonG.DockerayH.Villebois
第3回1841年3月3日Charity騸1113:25A.PowellW.VeversLord Craven
第4回1842年3月2日Gay Lad騸813:30T.OlliverG.DockerayJ.Elmore
第5回1843年3月1日Vanguard騸8T.OlliverLord Chesterfield
第6回1844年2月28日Discount牡613:58H.CrickmereQuartermaine
第7回1845年3月5日Cure All騸710:47W.LoftW.LoftW.Crawford
第8回1846年3月4日Pioneer騸6W.TaylorAdams
第9回1847年3月3日Matthew騸9D.WynneJ.MurphyJ.Courtenay
第10回1848年3月1日Chandler騸12J.LittleT.EskrettJ.Little
第11回1849年2月28日Peter Simple騸1110:56T.CunninghamT.CunninghamT.Mason Jr.
第12回1850年2月27日Abd-el-Kader騸810:20C.GreenJ.OsborneWilson
第13回1851年2月26日Abd-el-Kader騸99:59T.AbbotJ.OsborneJ.Osborne
第14回1852年3月3日Miss Mowbray牝89:58A.GoodmanG.DockerayT.Mason
第15回1853年3月2日Peter Simple騸1510:15T.OliverT.OliverJ.Little
第16回1854年3月1日Bourton騸119:59J.TaskerH.WadlowW.Moseley
第17回1855年3月7日Wanderer牡1010:25J.HanlonDennis
第18回1856年3月7日Freetrader牡710:00G.StevensW.HolmanW.Barnett
第19回1857年3月4日Emigrant騸11C.BoyceC.BoyceG.Hodgman
第20回1858年3月6日Little Charley騸12W.ArcherW.HolmanC.Capel
第21回1859年3月8日Half Caste牡6C.GreenC.GreenWilloughby
第22回1860年3月7日Anatis牝10T.PickernellW.HolmanC.Capel
第23回1861年3月13日Jealousy牝7J.KendallC.BalchinJ.Bennett
第24回1862年3月12日Huntsman牡99:30H.LamplughH.LamplughViscount de Namur
第25回1863年3月11日Emblem牝7G.StevensE.WeeverLord Coventry
第26回1864年3月9日Emblematic牝6G.StevensE.WeeverLord Coventry
第27回1865年3月8日Alcibiade騸5H.CoventryC.CornellB."Cherry" Angell
第28回1866年3月7日Salamander騸7A.GoodmanJ.WaltersE.Studd
第29回1867年3月6日Cortolvin騸8J.PageH.LamplughDuke of Hamilton
第30回1868年3月4日The Lamb牡6G.EdwardsB.LandLord Poulett
第31回1869年3月3日The Colonel牡6G.StevensR.RobertsJ.Weyman
第32回1870年3月9日The Colonel牡7G.StevensR.RobertsM.Evans
第33回1871年3月21日The Lamb牡99:35 4/5T.PickernellC.GreenLord Poulett
第34回1872年月日Casse Tete牝7J.PageA.CowleyE.Brayley
第35回1873年3月27日Disturbance牡6J.RichardsonJ.RichardsonJ.Machell
第36回1874年3月26日Reugny牡6J.RichardsonJ.RichardsonJ.Machell
第37回1875年3月18日Pathfinder騸8T.PickernellW.ReevesH.Bird
第38回1876年3月24日Regal騸5J.CannonJ.JewittJ.Machell
第39回1877年3月23日Austerlitz牡5F.HobsonR.l'AnsonF.Hobson
第40回1878年3月29日Shifnal牡9J.JonesJ.NightongallJ.Nightongall
第41回1879年3月28日The Liberator騸10G.MooreJ.MooreG.Moore
第42回1880年3月19日Empress牝510:29 0/5T.BeasleyH.LindeP.Ducrot
第43回1881年3月25日Woodbrook騸711:50 0/5T.BeasleyH.LindeT.Kirkwood
第44回1882年3月24日Seaman騸6Lord MannersJ.MachellLord Manners
第45回1883年3月30日Zoedone牝6C.KinskyW.JenkinsC.Kinsky
第46回1884年3月28日Voluptuary騸6E.WilsonW.WilsonH.Boyd
第47回1885年3月26日Roquefort騸610:10 0/5E.WilsonA.YatesA.Cooper
第48回1886年3月26日Old Joe騸79:14 3/5T.SkeltonG.MulcasterA.Douglas
第49回1887年3月25日Gamecock騸8W.DanielsJ.GordonE.Jay
第50回1888年3月23日Playfair騸7G.MawsonT.CannonE."Ned" Baird
第51回1889年3月29日Frigate牝1110:04 2/5T.BeasleyM.MaherM.Maher
第52回1890年3月28日Ilex騸610:41 4/5A.NightingallJ.NightingallG.Masterman
第53回1891年3月20日Come Away騸7H.BeasleyH.BeasleyW.Jameson
第54回1892年3月25日Father O'Flynn騸7E.OwenG.WilsonG.Wilson
第55回1893年3月24日Cloister騸9B.DolleryA.YatesC.Duff
第56回1894年3月30日Why Not騸13A.NightingallW.MooreC.Fenwick
第57回1895年3月29日Wild Man騸7J.WidgerJ.GatlandJ.Widger
第58回1896年3月27日The Soarer騸710:11 1/5T.KavanaghW.McAuliffeW.Hall-Walker
第59回1897年3月26日Manifesto騸9T.KavanaghW.McAuliffeH.Dyas
第60回1898年3月25日Drogheda騸6J.GourleyR.DawsonC.Adams
第61回1899年3月24日Manifesto騸11G.WilliamsonW.MooreJ.Bulteel
第62回1900年3月30日Ambush II騸610:01 0/5A.AnthonyA.AnthonyH R H Prince of Wales
第63回1901年3月29日Grudon牡11A.NightingallB.BletsoeB.Bletsoe
第64回1902年3月21日Shannon Lass牝7D.ReadJ.HackettA.Gorham
第65回1903年3月27日Drumcree騸910:09 2/5P.WoodlandC.NugentJ.Morrison
第66回1904年3月25日Moifaa騸8A.BirchW.HickeyS.Gollan
第67回1905年3月31日Kirkland騸9F.MasonE.ThomasF.Bibby
第68回1906年3月30日Ascetic's Silver牡99:34 0/5A.HastingsA.HastingsPrince F.Hatzfeldt
第69回1907年3月22日Eremon騸79:47 1/5A.NeweyT.CoulthwaiteS.Howard
第70回1908年3月27日Rubio騸10H.BletsoeF.WithingtonF.Douglas-Pennant
第71回1909年3月26日Lutteur III騸5G.ParfrementH.EscottJ.Hennessy
第72回1910年3月18日Jenkinstown騸9R.ChadwickT.CoulthwaiteS.Howard
第73回1911年3月24日Glenside騸910:35 0/5J.AnthonyR.H.CollisF.Bibby
第74回1912年3月29日Jerry M騸9E.PiggottR.GoreC.Assheton-Smith
第75回1913年4月4日Covertcoat騸7P.WoodlandR.GoreC.Assheton-Smith
第76回1914年3月27日Sunloch騸8B.SmithT.TylerT.Tyler
第77回1915年3月26日Ally Sloper騸6J.R.AnthonyA.HastingsM.Nelson

※1916〜1918年は第一次世界大戦の影響でエイントリー競馬場戦争省に徴発されたことにより、施行場所をガトウィック競馬場に移し、「The Racecourse Association Steeplechase」(1916年)、「The War Steeplechase」(1917年〜1918年)と異なる競走名で行われた。

施行日優勝馬性齢タイム優勝騎手管理調教師馬主
1916年3月24日Vermouth騸6J.ReardonJ.BellP.Heybourn
1917年3月21日Ballymacad騸10E.DriscollA.HastingsG.Bullough
1918年3月21日Poethlyn騸8E.PiggottH.EscottMrs. H.Peel
回数施行日優勝馬性齢タイム優勝騎手管理調教師馬主
第78回1919年3月28日Poethlyn騸9E.PiggottH.EscottH.Peel
第79回1920年3月26日Shaun Spadah騸7J.AnthonyA.AnthonyT.Gerrard
第80回1921年3月18日Althorp騸10F.ReesG.PooleM.McAlpine
第81回1922年3月24日Music Hall騸9L.ReesO.AnthonyH.Kershaw
第82回1923年3月23日Sergeant Murphy騸13G.BennetG.BlackwellS.Sanford
第83回1924年3月28日Master Robert騸11R.TrudgillA.HastingsEarl of Airlie
第84回1925年3月27日Double Chance騸99:42 3/5J.WilsonF.ArcherD.Goold
F.Archer
第85回1926年3月26日Jackhorner騸99:36 0/5W.WatkinsonH.LeaderA.Schwartz
第86回1927年3月25日Sprig騸10T.LeaderT.LeaderM.Partridge
第87回1928年3月20日Tipperary Tim騸10W.DuttonJ.DoddH.Kenyon
第88回1929年3月22日Gregalach騸79:47 3/5R.EverettT.LeaderM.Gemmell
第89回1930年3月28日Shaun Gollin騸10T.CullinanF.HartiganW.Midwood
第90回1931年3月27日Grakle騸9R.LyallT.CoulthwaiteC.Taylor
第91回1932年3月18日Forbra騸7T.HameyT.RimellW.Parsonage
第92回1933年3月24日Kellsboro' Jack騸7D.WilliamsI.AnthonyF.Clark
第93回1934年3月23日Golden Miller騸79:20 2/5G.WilsonB.BriscoeD.Paget
第94回1935年3月29日Reynolds Town騸8F.FurlongN.FurlongN.Furlong
第95回1936年3月27日Reynolds Town騸9F.WalwynN.FurlongN.Furlong
第96回1937年3月19日Royal Mail騸8E.WilliamsI.AnthonyH.Thomas
第97回1938年3月25日Battleship牡9B.HobbsR.HobbsM.Scott
第98回1939年3月24日Workman騸9T.HydeJ.RuttleA.Maguire
第99回1940年4月5日Bogskar騸79:21 0/5M.JonesLord StalbridgeLord Stalbridge
第100回1946年月日Lovely Cottage騸9B.PetreT.RaysonJ.Morant
第101回1947年3月29日Caughoo騸8E.DempseyH.McDowellJ.McDowell
第102回1948年3月20日Sheila's Cottage牝9A.ThompsonN.CrumpJ.Procter
第103回1949年3月26日Russian Hero騸9L.McMorrowG.OwenF.Williamson
第104回1950年3月25日Freebooter騸99:23 3/5J.PowerB.RentonL.Brotherton
第105回1951年4月7日Nickel Coin牝99:48 4/5J.BullockJ.O'DonoghueJ.Royle
第106回1952年4月5日Teal騸109:20 3/5A.ThompsonN.CrumpH.Lane
第107回1953年3月28日Early Mist騸8B.MarshallM.V.O'BrienJ.Griffin
第108回1954年3月27日Royal Tan騸109:32 4/5B.MarshallM.V.O'BrienJ.Griffin
第109回1955年3月26日Quare Times騸9P.TaaffeM.V.O'BrienW.Welman
第110回1956年3月24日E.S.B.騸109:21 2/5D.DickF.RimellL.Carver
第111回1957年3月29日Sundew騸11F.WinterF.HudsonG.Kohn
第112回1958年3月29日Mr What騸8A.FreemanT.TaaffeD.Coughlan
第113回1959年3月21日Oxo騸8M.ScudamoreW.StephensonJ.Bigg
第114回1960年3月26日Merryman II牡99:27 0/5G.ScottN.CrumpW.Wallace
第115回1961年3月25日Nicolaus Silver騸99:22 0/5H.BeasleyF.RimellC.Vaughan
第116回1962年3月31日Kilmore騸129:50 0/5F.WinterR.PriceN.Cohen
第117回1963年3月30日Ayala騸99:35 0/5P.BuckleyK.PiggottP.Raymond
第118回1964年3月21日Team Spirit騸129:46 0/5G.RobinsonF.WalwynJ.Goodman
第119回1965年3月27日Jay Trump騸89:31 4/5T.SmithF.WinterM.Stephenson
第120回1966年3月26日Anglo騸89:53 0/5T.NormanF.WinterS.Levy
第121回1967年4月8日Foinavon騸99:49 2/5J.BuckinghamJ.KemptonC.Watkins
第122回1968年3月30日Red Alligator騸99:29 0/5B.FletcherD.SmithJ.Manners
第123回1969年3月29日Highland Wedding騸129:29 4/5E.HartyT.BaldingT.McKoy Jr.
第124回1970年4月4日Gay Trip騸89:38 0/5P.TaaffeF.RimellA.Chambers
第125回1971年4月3日Specify騸99:34 1/5J.CookJ.SutcliffeF.Pontin
第126回1972年4月8日Well To Do騸910:08 2/5G.ThornerT.ForsterT.Forster
第127回1973年3月31日Red Rum騸89:01.9B.FletcherG.McCainN.le Mare
第128回1974年3月30日Red Rum騸99:20.2B.FletcherG.McCainN.le Mare
第129回1975年4月5日L'Escargot騸129:31.0T.CarberryD.MooreR.Guest
第130回1976年4月3日Rag Trade騸109:20.9J.BurkeF.RimellP.Raymond
第131回1977年4月2日Red Rum騸12T.StackG.McCainN.le Mare
第132回1978年4月1日Lucius騸99:33.9B.DaviesG.RichardsF.Whitaker
第133回1979年3月31日Rubstic騸109:52.9M.BarnesJ.LeadbetterJ.Douglas
第134回1980年3月29日Ben Nevis騸1210:17.4C.FenwickT.ForsterR.Stewart Jr.
第135回1981年4月4日Aldaniti騸119.47.2B.ChampionJ.GiffordN.Embiricos
第136回1982年4月3日Grittar騸99:12.6C.SaundersF.GilmanF.Gilman
第137回1983年4月9日Corbiere騸89:47.4B.de HaanJ.PitmanB.Burrough
第138回1984年3月31日Hallo Dandy騸109:21.4N.DoughtyG.RichardsR.Shaw
第139回1985年3月30日Last Suspect騸119:42.7H.DaviesT.ForsterA.of Westminster
第140回1986年4月5日West Tip騸99:33.0R.DunwoodyM.OliverP.Luff
第141回1987年4月4日Maori Venture騸119:19.3S.KnightA.TurnellJ.Joel
第142回1988年4月9日Rhyme'n'Reason騸99:53.5B.PowellD.ElsworthJ.Reed
第143回1989年4月8日Little Polveir騸1210:06.9J.FrostT.BaldingE.Harvey
第144回1990年4月7日Mr Frisk騸118:47.8M.ArmytageK.BaileyL.Duffey
第145回1991年4月6日Seagram騸119:29.9N.HawkeD.BaronsE.Parker
第146回1992年4月4日Party Politics騸89:06.4C.LlewellynN.GaseleeP.Thompson
第147回1994年4月9日Miinnehoma騸1110:18.8R.DunwoodyM.PipeF.Star
第148回1995年4月8日Royal Athlete騸129:04.1J.TitleyJ.PitmanG. & L. Johnson
第149回1996年3月30日Rough Quest騸109:00.8M.FitzgeraldT.CaseyA.Wates
第150回1997年4月7日Lord Gyllene騸99:05.9A.DobbinS.BrookshawS.Clarke
第151回1998年4月4日Earth Summit騸1010:51.5C.LlewellynN.Twiston-DaviesThe Summit Partnership
第152回1999年4月10日Bobbyjo騸99:14.1T.CarberryT.CarberryB.Burke
第153回2000年4月8日Papillon騸99:09.7R.WalshT.WalshB.Morgan
第154回2001年4月7日Red Marauder騸1111:00.1R.GuestN.MasonN.Mason
第155回2002年4月6日Bindaree騸89:08.6J.CullotyN.Twiston-DaviesR.Mould
第156回2003年4月5日Monty's Pass騸109:21.7B.GeraghtyJ.ManganDee Racing Syndicate
第157回2004年4月3日Amberleigh House騸129:20.3G.LeeG.McCainHalewood International
第158回2005年4月9日Hedgehunter騸99:20.8R.WalshW.MullinsT.Hemmings
第159回2006年4月8日Numbersixvalverde騸109:41.0N.MaddenM.BrassilO.Carroll
第160回2007年4月14日Silver Birch騸109:13.6R.PowerlG.ElliottB.Walsh
第161回2008年4月5日Comply or Die騸99:16.6T.MurphyD.PipeD.Johnson
第162回2009年4月4日Mon Mome騸99:32.9L.TreadwellV.WilliamsV.Bingham
第163回2010年4月10日Don't Push It騸109:04.5A.McCoyJ.O'NeillJ.McManus
第164回2011年4月11日Ballabriggs騸109:01.2J.MaguireD.McCainT.Hemmings
第165回2012年4月14日Neptune Collonges騸119:05.1D.JacobP.NichollsJ.Hales
第166回2013年4月6日Auroras Encore騸119:12.0R.ManiaS.SmithD.Pryde, J.Beaumont, D.van Der Hoeven
第167回2014年4月5日Pineau de Re騸119:09.9L.AspellR.NewlandJ.Proven
第168回2015年4月11日Many Clouds騸88:56.8L.AspellO.SherwoodT.Hemmings
第169回2016年4月9日Rule The World騸99:29.0D.MullinsM.Morris
第170回2017年4月8日One For Arthur89:03.5D.FoxL.Russell
第171回2018年4月14日Tiger Roll騸89:40.1D.RussellG.Elliott
第172回2019年4月6日Tiger Roll騸9 D.RussellG.Elliott
第173回2020年4月4日新型コロナウイルスの影響で中止
第174回2021年4月10日Minella Times騸89:15.42R.BlackmoreH.BromheadJ.P.McManus
第175回2022年4月9日Noble Yeats騸79:03.6S.Waley-CohenE.Mullins
第176回2023年4月15日Corach Rambler騸99:10.62D.FoxL.Russell
第177回2024年4月13日I Am Maxiumus騸89:27.68P.TownendW.MullinsJ.P.McManus
第178回2025年4月5日Nick Rockett騸89:06.14P.MullinsW.MullinsStewart & Sadie Andrew
第179回2026年4月11日I Am Maximus騸109:09.68P.TownendW.MullinsJ.P.McManus
  • 競走名:1836年〜第4回 「The Grand Liverpool Steeplechase」、第5〜8回 「The Liverpool and National Steeplechase」

日本調教馬の参戦

過去に1頭だけこの競走に参戦した競走馬がいる。日本の中山大障害を4勝したフジノオーである(1966年)。

日本の障害チャンピオンホースとして参戦したフジノオーには当時の規定により最重ハンデの76.2kgのハンデキャップが与えられた。これは、イギリスにおいて必要な競走数をこなしていないため規定により最も重いハンデが課せられた(チャンピオンホースにはハンデを軽くすることは失礼に値するという紳士的な考え方に基づくものという説もある)。なおフジノオーは15番目の障害で馬が飛越を拒否、競走中止となっている。

また日本人騎手として1995年には田中剛アイルランドのザコミッティ(The Committee)に騎乗、こちらも転倒により競走中止に終わった。

この他、グランドマーチスが挑戦する話があり一部新聞報道されたが計画が具体化する前に故障を発症して引退した。

バーチャルグランドナショナル

バーチャルグランドナショナル(Virtual Grand National)とは2017年から毎年開催されているバーチャル版のグランドナショナルである。

歴代優勝馬

  • 2017:Cause of Causes
  • 2018:Tiger Roll
  • 2019:Rathvinden
  • 2020:Potters Corner
  • 2021:Cloth Cap

各国の「グランドナショナル」

脚注

外部リンク

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