グルコスパン

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グルコスパン
物質名
識別情報
3D model (JSmol)
ChemSpider
UNII
性質
C18H32N6O6
モル質量 428.490 g·mol−1
特記無き場合、データは標準状態 (25 °C [77 °F], 100 kPa) におけるものである。
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グルコスパン: Glucosepane[1](p8)は、D-グルコースに由来するリシンアルギニン蛋白質架橋生成物であり、終末糖化産物(AGEs)の一種である[2]。これは不可逆的な共有結合による架橋生成物で、細胞外マトリックスExtracellular matrix: ECM)のコラーゲンや眼のクリスタリンにおいて、分子間および分子内の架橋を形成することが確認されている[3]。共有結合による蛋白質架橋は、組織のECM内で蛋白質を不可逆的に結合させる。グルコスパンはヒト組織中に他の架橋AGEよりも10倍から1000倍高い濃度で存在し、現在、最も重要な架橋AGEであると考えられている[4]

加齢に伴い、関節、軟骨、動脈、肺、皮膚など、ECMが豊富な組織の弾力性が徐々に失われ、硬化していく[5]。これらの変化は、ECM内の長寿命蛋白質に架橋が蓄積することによって生じることが示されている[6]。Monnierらによるグルコスパンに関する研究では、ECM中のヒトコラーゲンにおけるグルコスパン架橋の程度は加齢とともに徐々に増加し、糖尿病患者ではその増加ペースがより速いことが示されており、これにより動脈硬化関節硬直英語版、皮膚のなど、糖尿病と加齢に伴う長期的な影響におけるグルコスパンの役割が示唆されている[7]。実際、糖尿病ではない90歳の皮膚のECMでは、グルコスパンによる蛋白質架橋が他のあらゆる形態の蛋白質架橋の約50倍に達すると報告されている[8]。更に、グルコスパンなどの架橋が蛋白質内および蛋白質間に蓄積すると、ECMにおける蛋白質分解が減少することが示されている。その結果架橋の蓄積が加速して、毛細血管、糸球体、水晶体、肺の基底膜の肥厚に寄与していると考えられている[9]

原子間力顕微鏡による実験により、皮膚の加齢に伴うコラーゲン線維構造のナノスケール形態学的差異が明らかになり、横方向線維のヤング率の低下が観察された。これらの変化は、組織内へのグルコスパンの蓄積によって加齢に伴い保水能力が変化することで引き起こされる線維密度の変化によるものと解釈されている[10]

全原子シミュレーションを用いた計算研究では、グルコスパンによってコラーゲン分子内の螺旋構造が弱くなり、水に対する多孔度が増加することが示された。これは、高齢者のアキレス腱および前脛骨腱組織において、若年者と比較して水分含有量が高いことを示す水分含有量測定によって確認された[11]

生成

AGEの一種であるグルコパンの生成に至る反応経路は、メイラード反応または非酵素的褐変として知られている。グルコスパンは非酸化的経路で生成されることが判明している[12]。グルコスパンの生成に至る正確なメカニズムの解明は、研究者にとって長年の課題であった。しかし、現在では環状構造の形成までは充分に解明されている[13]

結合組織内におけるグルコスパンの形成は、部位特異的であることが示されている。例えば完全なコラーゲン線維の分子動力学シミュレーションを用いた研究では、特にコラーゲン線維のギャップ領域内にエネルギー的に有利な位置があることが明らかになった。これは、ギャップ領域内の蛋白質密度が低く、線維内の水分含有量が高いためであると考えられる[14][15]

反応経路の全体像

グルコスパンの生成経路は、まずリシン還元糖であるD-グルコースと反応して、シッフ塩基として知られる不安定なイミンを形成することから始まり、次いでイミンが転移してより安定したアミノケトースであるアマドリ化合物を形成する[16]。その後、安定アマドリ生成物は、α-ジカルボニル中間体を経由して徐々に分解し、グルコスパンを形成する[17][18]

アマドリ化合物からのα-ジカルボニルの生成機構

アマドリ化合物からグルコスパンの素となるα-ジカルボニル中間体へと至る具体的な反応経路を特定することは困難であった。当初研究者らは、α-ジカルボニル中間体のカルボニル基がD-グルコースのC-2およびC-3に位置すると仮定した。しかしC-1炭素を13C同位体で標識すると、得られた中間体のカルボニル基が元のグルコース骨格のC-5およびC-6に位置することが判明した[19]

現在提唱されている最有力な反応機構は、グルコスパン反応の重要な中間体であるα-ジカルボニル化合物N6-(2,3-ジヒドロキシ-5,6-ジオキソヘキシル)-L-リシネート(N6-(2,3-dihydroxy-5,6-dioxohexyl)-L-lysinate)[20]が、アマドリ生成物からケト-エノール互変異性およびC-4ヒドロキシ基の脱離を経て、6炭素糖骨格を伝ってカルボニル基が移動することで形成されるというものである[21]溶媒として重水(D2O)を用いることで、反応後の炭素骨格上のすべてのH-C-OHがD-C-OHに変化していることを確認した。これは、全ての水素がケト-エノール互変異性を通じて転移し、その結果、カルボニル基のシフトが骨格全体を伝わり、最終的にC-4ヒドロキシ基が脱離したことを示している[22]

アルギニン架橋の閉環反応

閉環反応は、α-ジカルボニル基の形成後に分子内アルジミンである6-(3,4-ジヒドロキシ-6-オキソ-3,4,5,6-テトラヒドロ-2H-アゼピニウム-1-イル)ノルロイシン(6-(3,4-dihydroxy-6-oxo-3,4,5,6-tetrahydro-2H-azepinium-1-yl) norleucine)を経由して起こると考えられている[23]。この環は、NがC-6カルボニルに求核攻撃し、続いて水が脱離することによって形成されると仮定されている。その後、アルギニン側鎖と縮合し、アルギニンの窒素と環上の求電子性カルボニルとの求核付加脱離反応を経て、2分子の水を脱離させてグルコスパンが生成する[24]

蓄積

AGEsの生成につながる糖化反応は、特に皮膚のコラーゲンや眼のクリスタリンなど、人体内の長寿命蛋白質に影響を及ぼす[25]。例えば皮膚のコラーゲンの半減期は15年である[26]。これらの蛋白質は体内の他の蛋白質ほど速く分解されないため、安定性が高く変化の速度が非常に遅いアマドリ化合物は、グルコスパンへと変換されるのに充分な時間を有することになる[27]。定常状態におけるアマドリ化合物の50~60%が、加齢に伴いグルコスパンへと変換されると推定されている[28]。グルコスパン架橋産物が他の産物に比べて多く見られる理由として、その生成源となるα-ジカルボニル化合物(N6-(2,3-ジヒドロキシ-5,6-ジオキソヘキシル)-L-リシネート)がリシンを介して蛋白質に不可逆的に結合しているため、持続的な糖化剤となる点が挙げられる[29]。従ってグルコスパンは容易に分解されず、アルギニンとの架橋を形成する機会がより多い。これに対して他の架橋α-ジカルボニル中間体は結合型と遊離型の両方が存在するため、ECM内の酵素による分解を受けやすい[30]

検出

グルコスパンに対して高い特異性を示す捕捉剤であるGlu3が開発された。この捕捉剤は、グルコスパンの研究において、新規かつ極めて有効なツールを提供するものである。Glu3により、組織サンプル(糖尿病マウス皮膚と健常マウス皮膚の比較)中のグルコスパンを、蛍光組織染色法を用いて初めて直接染色することが可能になった[31]

生成阻害または分解の可能性

関連項目

出典

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