コナー・マクデビッド
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| コナー・マクデビッド | |
|---|---|
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エドモントン・オイラーズでのマクデビッド (2022年) | |
| 本名 | コナー・アンドリュー・マクデビッド |
| 原語名 | Connor Andrew McDavid |
| 愛称 | マクジーザス |
| 生誕 |
1997年1月13日(29歳) オンタリオ州リッチモンドヒル |
| 身長 | 6 ft 1 in (1.85 m) |
| 体重 | 193 lb (88 kg; 13 st 11 lb) |
| ポジション | センター |
| シュート | 左打ち |
| 所属チーム | エドモントン・オイラーズ |
| 代表 |
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| NHLドラフト |
1巡目 / 全体1位(2015年) エドモントン・オイラーズ |
| プロ選手期間 | 2015年 – 現在 |
| 獲得メダル | ||
|---|---|---|
| アイスホッケー | ||
| オリンピック | ||
| 2026 ミラノ・コルティナ | ||
| 世界選手権 | ||
| 2016 ロシア | ||
| 4ネーションズフェイスオフ | ||
| 優勝 | 2025 カナダ/アメリカ | |
| U20世界選手権 | ||
| 2015 カナダ | ||
| U18世界選手権 | ||
| 2013 ロシア | ||
コナー・マクデビッド(英語: Connor McDavid, 1997年1月13日 - )は、カナダのオンタリオ州リッチモンドヒル出身のプロアイスホッケー選手。NHLのエドモントン・オイラーズに所属しキャプテンを務めている。ポジションはセンター。現代のNHLにおける最高の選手の一人と評され、シドニー・クロスビーやウェイン・グレツキーと比較されている[1]。
生い立ち
カナダで生まれ育つ。3歳の頃からホッケーを始め、家の地下で練習していた。両親はマクデビッドの年齢を偽り、年上の選手たちで構成されたユースチームでプレーさせていたが、後にこれが発覚し、地元の青少年ホッケー協会から禁止された[2]。
2012年には、GTHLで最優秀選手賞を受賞した。
ジュニア
NCAAの大学に進学することも検討していたが、最終的には大学進学を待たずにOHLのエリー・オッターズと契約した[3]。ホッケーカナダからジョン・タバレス、アーロン・エクブラッドに続いて特別な選手の地位を与えられ、飛び級の15歳でメジャージュニアリーグに参入した。[4]

(2013年)
オッターズで3年間プレーし、通算で97ゴール、188アシスト、285ポイントを記録した。

エドモントン・オイラーズ
2015年のNHLドラフトにて、全体1位でエドモントン・オイラーズから指名された[5]。7月3日に3年総額1,130万ドルのルーキー契約を結んだ[6]。
2015-16シーズン、2015年11月3日のフィラデルフィア・フライヤーズ戦で左鎖骨を骨折し、37試合を欠場した[7]。その後復帰し、2016年2月11日のトロント・メープルリーフス戦では2ゴール、3アシストを記録した[8]。シーズン全体では16ゴール、32アシスト、48ポイントを記録し、カルダー記念賞の投票では2位だった。
2016-17シーズン開幕前に、NHL史上最年少となる19歳と266日でキャプテンに就任した[9]。開幕後、2016年11月19日のダラス・スターズ戦でハットトリックを達成した[10]。2017年1月13日のニュージャージー・デビルス戦で2アシストを記録し、全選手中最速でシーズン50ポイントに到達した[11]。5日後のフロリダ・パンサーズ戦で通算100ポイントに到達した[12]。シーズン途中には自身初となるオールスターゲームに選出された。最終的に30ゴール、70アシスト、100ポイントを記録し、2006-07シーズンのシドニー・クロスビー以来、最年少となるアート・ロス記念賞を受賞した[13]。チームはマクデビッドの活躍もあり11年ぶりにプレーオフへ出場し、1回戦でサンノゼ・シャークスに勝利したが、2回戦でアナハイム・ダックスに敗れた[14]。プレーオフの13試合では5ゴールを記録した。シーズン終了後、ハート記念賞、テッド・リンジー賞を受賞し、NHLオールスターファーストチームに選出された[15]。
2017-18シーズン開幕前に、オイラーズと8年総額1億ドルの契約延長に合意した[16]。このシーズンは41ゴール、67アシスト、108ポイントを記録し、2001年のヤロミール・ヤーガー以来となる、2年連続でのアート・ロス記念賞を受賞した。シーズン途中に開催された平昌オリンピックへの出場を望んでいたが、NHLの財政上の問題で出場を許可されなかった[17]。
2018-19シーズン、2018年10月28日のシカゴ・ブラックホークス戦でゴールを記録し、シーズン開幕から最初の10試合で合計17ポイントに到達。1989-90シーズンのマーク・メシエが保持していた球団記録を更新した[18]。12月13日にはNHL通算240試合目の試合で2アシストを記録し、22歳の誕生日を迎える前に通算300ポイントに到達した史上9人目の選手となった。また、21世紀において、エヴゲニー・マルキンと並び最も少ない試合で300ポイントに到達した選手となった[19]。最終的に41ゴール、自己最高の75アシスト、116ポイントを記録し、ハート記念賞の投票では3位だった[20]。カルガリー・フレームスとのレギュラーシーズン最終戦にて、フレームスのゴールネットに時速40km/h以上のスピードで激突。試合後に後十字靱帯と膝窩筋の完全断裂、内側半月板と外側半月板の断裂、そして脛骨骨折と診断された。チームはプレーオフ進出の可能性が消滅していたため手術は受けず、リハビリに努めた[21][22]。
2019-20シーズンに復帰し、2019年11月10日のダックス戦でハットトリックを達成し、通算400ポイントに到達。当時22歳であり、23歳の誕生日を迎える前に通算400ポイントに到達した史上8人目の選手となった[23]。2020年2月9日のナッシュビル・プレデターズ戦では1アシストを記録した。この試合でチームメイトのレオン・ドライザイトルが2ゴールを記録し、共にシーズン通算30ゴール、80ポイントに到達。チームメイトが同時にこの成績に到達したのは1996-97シーズンのマリオ・ルミューとヤロミール・ヤーガー以来であった[24]。プレーオフでは予選ラウンドで下位シードのブラックホークスに敗れた[25]。
2020-21シーズンは新型コロナウイルスの影響で56試合の短縮シーズンとなった中で33ゴール、72アシスト、105ポイントを記録し、チームメイトのドライザイトルとの争いを制して3度目のアート・ロス記念賞を受賞。ウェイン・グレツキーと並び史上最多タイとなる3度目のテッド・リンジー賞に加え、ハート記念賞も満票で受賞した[26]。しかし、プレーオフでは1回戦でウィニペグ・ジェッツにスイープされ敗退した。このシリーズはジェッツ有利な判定が多く、マクデビッドも審判に対して「ルールに基づいた判定をしてくれ」と不満を漏らした[27]。
2021-22シーズンは開幕から17試合連続でポイントを記録した。チームは球団史上最高となる9勝1敗という好スタートを切るもその後調子を落とし、2020年2月の自点でプレーオフ圏外だったが、監督を交代してからは26勝9敗と調子を取り戻し、プレーオフへ出場した[28]。このシーズンは44ゴール、123ポイントを記録し、4度目となるアート・ロス記念賞を受賞した[29]。プレーオフではロサンゼルス・キングスとの1回戦において、7試合で4ゴールと10アシストを記録し、チームは4勝3敗で勝利。単一のプレーオフシリーズにおいて6試合で複数ポイントを記録した史上2人目の選手となった。フレームスとの2回戦では3勝1敗とリードした第5戦のオーバータイムで決勝ゴールを記録し、チームは2006年以来となるカンファレンスファイナルに進出した。カンファレンスファイナルでは最終的に同年優勝することになるコロラド・アバランチにスイープされ、敗退した[30]。この年のプレーオフでは全選手最多となる10ゴールを記録。最終ラウンドに出場していないチームの選手が得点王となるのは2002年のピーター・フォースバーグ以来だった[31]。
2022-23シーズン、バンクーバー・カナックスとの開幕戦でハットトリックを達成し、1980年代以降では史上最速で通算700ポイントに到達した[32]。2023年2月21日の試合では史上5番目の速さで通算800ポイントに到達した。4月8日の試合では64ゴール目を記録し、史上6人目となるシーズン150ポイントの大台に到達した[33]。最終的に3年連続5度目となるアート・ロス記念賞、自身初となる得点王を受賞した[34]。このシーズンの153ポイントは歴代4位の記録であり、メディアからは「世紀のシーズン」と評された。レギュラーシーズン終了後、ハート記念賞とテッド・リンジー賞を同時受賞し、4冠達成となった[35]。プレーオフでは1回戦でキングスに勝利したが、2回戦でベガス・ゴールデンナイツに敗れた。
2023-24シーズンの4月15日、NHL史上4人目となる通算100アシストを記録した。[36]シーズンを終えたマクデビッドとオイラーズは2006年以来のスタンレーカップ決勝進出を決めた。[37]フロリダ・パンサーズとのシリーズ最初の3試合に敗れた後、マクデビッドは次の第4戦でプレーオフ32回目のアシストでウェイン・グレツキーの持つプレーオフ年間最多アシスト記録を破り、4ポイントを記録して8対1で大勝した。[38]第5戦で4ポイントを挙げ5対3で勝利を収めたマクデビッドは、NHL史上初めてスタンレーカップ決勝で2試合連続で4ポイント以上を記録した選手となり、スタンレーカップ決勝の2試合連続で獲得した最多ポイント記録を樹立した。[39] オイラーズはシリーズを7試合まで持ち込んだが、最終的に敗れた。マクデビッドは25試合で8ゴール、34アシスト、42ポイント、+12の圧倒的な成績を残し、ポストシーズンの最優秀選手としてコーン・スマイス賞を受賞した。敗れた決勝進出チームからこの賞を受賞したのは6人目であり、フォワードとしては2人目である。[40]マクデビッドは賞の授与が発表された際、受け取るために更衣室から氷上に戻ることはなかった。[41]
2024-25シーズン、マクデビッドは2025年のプレーオフでチームメイトのレオン・ドライザイトルと並んで21試合で7ゴール33ポイントを記録し、得点ランキングで首位タイに立ったが、オイラーズはカップ決勝で再びフロリダ・パンサーズに4勝2敗で敗れた。[42]
2025年10月6日、オイラーズと2年間の契約延長に合意し、平均年俸1250万ドルで契約を延長した。[43]
代表歴
2013年アイスホッケーU18世界選手権に16歳の最年少選手として出場した。8ゴール14アシストで大会の得点王となり、準々決勝ではハットトリックも記録した。[44]カナダは決勝でアメリカを3-2で破り金メダルを獲得した。マクデビッドは最優秀フォワードと大会MVPの両方に選ばれた。[45]
2014年のアイスホッケーU20世界選手権に16歳で選出され、翌2015年のU20世界選手権にも唯一の17歳選手として出場し、オルタネイト・キャプテンを務め、カナダは決勝でロシアを5対4で破り金メダルを獲得した。[46]大会最多の11ポイント(3ゴール8アシスト)を獲得し、メディアオールスターチームに選出された。[47]
2016年にロシアで開催されたアイスホッケー世界選手権で1ゴール8アシストを記録し、カナダは決勝でフィンランドを2対0で完封し金メダルを獲得した。[48]同年の2016年アイスホッケー・ワールドカップで、23歳以下のカナダ人とアメリカ人選手で構成されたチーム・ノース・アメリカのキャプテンに任命された。[49]
2018年世界選手権でカナダ代表のキャプテンに任命され、10試合で5ゴール、17ポイントを記録した。[50]
マクデビッドは2022年北京オリンピックのアイスホッケー競技の男子カナダ代表メンバーに最初に選出された3選手の一人だったが、NHLは新型コロナウイルス感染症 拡大を理由にオリンピックへの参加を取りやめた。オリンピックに出場することが子供の頃からの夢であり、2018年平昌オリンピックへの参加を逃していたマクデビッドは、その決定に失望を隠せなかった。[51]
2025年に開催される4ネーションズ・フェイスオフのカナダ代表チームに選出され、オルタネイト・キャプテンの1人に任命された。[52]アメリカ代表チームとの決勝でのゴールデンゴールを含む3ゴールを記録し、4試合で5ポイントを挙げ、マクデビッドにとって初の「ベスト・オン・ベスト(最上位リーグの最高のプレーヤーによる)」の国際大会での金メダルとなり、マクデビッドは決勝戦における最優秀選手に選ばれた。[53]
2025年12月31日、マクデビッドは2014年以来初めてNHLが出場する2026年ミラノ・コルティナオリンピックのアイスホッケー競技のカナダ代表チームに選出され、[54]オルタネイト・キャプテンの1人に任命された。[55]2月18日に大会9アシスト目を記録し、NHL選手によるオリンピック1大会での最多アシスト記録を樹立したほか、1大会での最多ポイント記録にも並んだ。[56]カナダのキャプテン、シドニー・クロスビーがチェコとの準々決勝で負傷したことを受け、マクデビッドは2月20日のフィンランドとの準決勝でキャプテンを務めた。カナダはフィンランドを3対2で破り決勝に進出し、マクデビッドは2アシストを記録し、大会でのポイント合計を12に伸ばし、NHL選手によるオリンピック1大会での新記録となった。[57]引き続いてマクデビッドは決勝でカナダのキャプテンを務めたが、カナダはアメリカに2対1で敗れ、銀メダルを獲得した。[58]マクデビッドは6試合で大会トップの13ポイントを記録し、大会の最優秀選手と最優秀フォワードに選ばれ、オリンピックオールスターチームに選出された。[59][60]
人物
ガールフレンドのローレン・カイルと2016年から交際しており、2023年に婚約した[61]。
幼少期はトロント・メープルリーフスの熱狂的なファンであり、他にはピッツバーグ・ペンギンズの試合もよく観戦している。ホッケー以外ではMLBのトロント・ブルージェイズのファンであり、2016年にはブルージェイズの試合で始球式を行った[62]。
2022年には、スポーツ賭博会社BetMGMのアンバサダーに就任した[63]。
エドモントンの先住民族への慈善活動を行っており、子供たちがスポーツをするための費用として8万5000ドルを寄付している[64]。この他に、病気の子供たちを支援する活動も行っている。