コミック高岡

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本店所在地 日本の旗 日本
101-0051
東京都千代田区神田神保町一丁目9番地
北緯35度41分44.8秒 東経139度45分31.2秒 / 北緯35.695778度 東経139.758667度 / 35.695778; 139.758667
設立 1948年昭和23年)9月4日[1]
株式会社高岡書店
コミック高岡(2015年6月)
コミック高岡(2015年6月)
種類 株式会社
本店所在地 日本の旗 日本
101-0051
東京都千代田区神田神保町一丁目9番地
北緯35度41分44.8秒 東経139度45分31.2秒 / 北緯35.695778度 東経139.758667度 / 35.695778; 139.758667
設立 1948年昭和23年)9月4日[1]
業種 小売業
法人番号 3010003004003
事業内容 書籍雑誌の販売、書籍の出版、不動産の賃貸及び管理、前各号に附帯する一切の業務[1]
代表者 高岡和夫(代表取締役
資本金 240万円[1]
関係する人物
    • 高岡安太郎(創業者)
    • 高岡寅次郎(創業者の実弟)
外部リンク www.comic-takaoka.jp ウィキデータを編集
特記事項:上記はコミック高岡閉店時のデータ。2014年平成26年)9月1日、合資会社から株式会社に改組[1]
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コミック高岡(コミックたかおか)は、東京都千代田区神田神保町2019年平成31年)まであった漫画専門店。本項ではコミック高岡を経営していた株式会社高岡書店についても記載する。

新刊漫画書店として神保町随一の知名度とボリュームを誇り[2]、大手出版社のメジャーな作品はもとより[3]、マニアックな作品も押さえた品揃えで漫画愛好家から評判が高く[4]、「オタク聖地」と呼ばれた[5]東京メトロおよび都営地下鉄神保町駅がある神保町交差点から靖国通りを東へ徒歩1分という好立地にあり[4]、黄色いファサードが書店街の中でもよく目立っていた[3]

この書店は「高岡書店」として、1885年明治18年)[注釈 1]岐阜県大垣出身の高岡安太郎により麴町区三番町に於いて古書店を開業し、数点の英語書籍の直訳書を出版した[7][8]。暫次出版業も兼業して[6]1891年明治24年)に神田区裏神保町6番地[注釈 2]へ移転[7]1901年明治34年)に理学書や数学書を専門に出版し[7]秋山武太郎桑木彧雄の著による学習参考書を中心に刊行した[6][9]

1923年大正12年)当時、高岡書店は神田界隈に3店舗を展開し、神保町の高岡本店を高岡安太郎が経営し、小川町の高岡書店を実弟の高岡寅次郎が主宰、神保町分店を娘婿の宮川仁平が担当した[10]。『東京組合四十年史』によれば、神田神保町の店舗(コミック高岡)の創業年を1902年(明治35年)4月、神田小川町の店舗は創業年を1892年(明治25年)4月、どちらも創業者を高岡寅次郎としている[11]。しかし太平洋戦争による企業整備令により一時廃業、1948年昭和23年)9月4日に合資会社高岡書店として神田神保町一丁目9番地で営業を再開し[1][12]、この間、1949年(昭和24年)に高岡書店の一隅であかね書房の事務所が開設されている[13]

1979年(昭和54年)にコミック専門店に転じ[12]、以来コミック専門店の草分け的存在となった[5]1985年(昭和60年)に発売された森山塔の『よい子の性教育』は1日で1700冊販売したほか、1987年(昭和62年)に発売された永野護の『ファイブスター物語』も、最初の3日間は1日1000冊は販売したという。島本和彦の『燃えよペン』も、当初30冊の仕入予定をバイトが提案して300冊仕入れたところ即完売し、すぐに1000冊販売したという[5]

2010年代の半ばには出版不況電子書籍の普及で経営が厳しくなり、経営者が高齢で後継者もいなかったため[5]2019年(平成31年)3月31日を以って閉店した[4]。同年5月23日から8月26日まで大英博物館で開催された、日本の漫画をテーマにした博覧会「The Citi exhibition Manga」にて、漫画体験のありようを示す展示の一部として、コミック高岡の店内写真パネルが設置された[14]

脚注

関連項目

外部リンク

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