サイモン・エリオット
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| 名前 | ||||||
| 本名 |
サイモン・ジョン・エリオット Simon John Elliott | |||||
| ラテン文字 | Simon Elliott | |||||
| 基本情報 | ||||||
| 国籍 |
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| 生年月日 | 1974年6月10日(51歳) | |||||
| 出身地 | ウェリントン | |||||
| 身長 | 180cm | |||||
| 体重 | 80kg | |||||
| 選手情報 | ||||||
| ポジション | MF | |||||
| 利き足 | 右足 | |||||
| 代表歴2 | ||||||
| - 2008 1995-2011 |
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- (-) 3 (0) 69 (6) | ||||
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2. 2012年6月29日現在。 ■テンプレート(■ノート ■解説)■サッカー選手pj | ||||||
サイモン・ジョン・エリオット(Simon John Elliott、1974年6月10日- )は、ニュージーランド・ウェリントン出身の同国代表のサッカー選手。
セミプロ&大学時代
ニュージーランドにいる間、幾つかのセミプロクラブに在籍。アメリカへ行く前は、高校のクラブでもプレーしていた。アメリカでは、スタンフォード大学のクラブに1年在籍。大学サッカーリーグでは、13ゴール12アシストを記録した。[1]
プロ時代
1999年5月にロサンゼルス・ギャラクシーへ入団する前にAリーグ (現 北米サッカーリーグ)のボストン・ブルドッグスに所属し、3試合出場した。2000年のCONCACAFチャンピオンズリーグでは、5ゴール5アシストを記録し優勝に貢献。自身はMVPに選ばれた。国内では、5シーズン在籍中に122試合に出場し10ゴール決めた。また、2001年にUSオープンカップ、2002年にMLSカップのタイトルを獲得した。[1]
2004年1月、ドラフトでコロンバス・クルーへ移籍した。2005年、エリオットは全試合に出場したが、チームは最下位に終わった。
2005年7月のプレシーズン、フラムFCとの親善試合で監督クリス・コールマンの目に触れ、MLSのシーズン終了後の2006年1月にフリー移籍でフラムへ移籍した。[2][3]2005-06シーズンの残りの期間で、リーグ戦12試合とカップ戦1試合にスタメン出場した。[4]シーズン終了後の夏の間に脹脛の筋肉を損傷した。[5]怪我の影響により2006-07シーズン通して試合に出ることは出来ず、リザーブの試合に数試合出場しただけだった。2008年5月、フラムが放出することを発表した。[6]
2009年、エリオットはMLSに戻りサンノゼ・アースクエイクスと契約。2010年の開幕戦を前に放出された。[7]
2010年11月にエリオットは、負傷で退団したオスカル・ロベルト・コルネーホの代わりに故郷のウェリントン・フェニックスに入団した。
2011年2月にMLSのトライアルを受け、9日にチーヴァス・USAに入団。[8]シーズン終了後に契約も切れたためリ・エントリー・ドラフトを受けたが、どこからも選ばれず無所属になった。
代表
1995年2月21日のシンガポール代表戦、3-0の勝利でA代表デビューを飾った。2008年9月10日のニューカレドニア代表戦で50キャップ目を記録し、3-0の勝利で祝った。2002 FIFAワールドカップ・オセアニア予選やFIFAコンフェデレーションズカップ2003のフランス代表戦といった大舞台でもプレーした。[1]北京オリンピックにライアン・ネルセンとクリス・キレンと共にオーバーエイジで参加した。FIFAコンフェデレーションズカップ2009のメンバーに選ばれた。
2010年5月10日、当時所属クラブが決まらず無所属だったが、2010 FIFAワールドカップの最終メンバー23人に選ばれた。
所属クラブ
ウェリントン・ユナイテッド 1992
ウェリントン・オリンピックAFC 1993-1995
ミラマー・レンジャーズ 1996-1997
ウェスタン・サバーブス 1997
ボストン・ブルドッグス 1999
ロサンゼルス・ギャラクシー 1999-2003
コロンバス・クルー 2004-2005
フラムFC 2006-2008
サンノゼ・アースクエイクス 2009
ウェリントン・フェニックスFC 2010
クラブ・デポルティボ・チーヴァス・USA 2011