シーパル女川汽船
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| 種類 | 株式会社 |
|---|---|
| 市場情報 | 非上場 |
| 本社所在地 |
〒986-2243 宮城県牡鹿郡女川町海岸通り7番地1 |
| 設立 | 2005年4月8日 |
| 業種 | 海運業 |
| 法人番号 | 4370301002233 |
| 事業内容 | 旅客船運航業務 |
| 代表者 | 代表取締役 須田 菊男 |
| 主要株主 |
女川町(55%) 出島地区(22.5%) 江島地区(22.5%) |
| 外部リンク | http://seapal-kisen.co.jp/ |
シーパル女川汽船株式会社(シーパルおながわきせん)は、宮城県牡鹿郡女川町の海運会社。女川町55%、出島地区22.5%、江島地区22.5%の出資で設立された第三セクターである。
東日本大震災による被災
女川港と、女川町に属する離島である江島の間を、所有する1隻の高速貨客船で結んでいる。
従来、出島航路は丸中金華山汽船が、江島航路は江島汽船が運航していたが、2004年に経営悪化により出島航路から丸中金華山汽船が撤退した。出島・江島航路の一体運航による合理化で航路存続を図るため、両航路運航のための新会社として2005年4月8日に設立された。江島汽船は船舶保有会社として存続した後、新造船「しまなぎ」の就航後に清算された。
出島は2024年12月19日の出島大橋開通により本土と陸路で結ばれ、翌2025年3月30日をもって出島(出島港・寺間港)への運航を終了。同年3月31日以降、出島への交通手段は同日新設の女川町民バス出島線が担うこととなった。
2011年3月11日に発生した東日本大震災では、津波により本社の入居していた女川旅客ターミナルが流失、社員4名(船員1名・事務職員3名)が行方不明となり、唯一の所有船舶である「しまなぎ」は被災を逃れたものの、運航休止となった。「しまなぎ」には船員4名が乗船しており、港が入港可能となるまで3日間、沖で待機した後に帰港した[1][2]。
2011年7月25日、暫定ダイヤで運航を再開、使用船舶は「しまなぎ」が船舶を多数失った大島汽船に貸出中のため、潮プランニングの「ベガ」となった。