ジェイク・ペトリッカ

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生年月日 (1988-06-05) 1988年6月5日(37歳)
身長
体重
6' 5" =約195.6 cm
205 lb =約93 kg
ジェイク・ペトリッカ
Jake Petricka
ミネソタ・ツインズ (マイナー)
シカゴ・ホワイトソックス時代
(2016年5月1日)
基本情報
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
出身地 ミネソタ州ノースフィールド
生年月日 (1988-06-05) 1988年6月5日(37歳)
身長
体重
6' 5" =約195.6 cm
205 lb =約93 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 投手
プロ入り 2010年 MLBドラフト2巡目
初出場 2013年8月22日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

ジェイコブ・スティーブン・ペトリッカJacob Steven Petricka, 1988年6月5日 - )は、アメリカ合衆国ミネソタ州ノースフィールド出身のプロ野球選手投手)。右投右打。MLBミネソタ・ツインズ傘下所属。

愛称はペティーPetey[1]

プロ入り前

2006年MLBドラフト38巡目(全体1155位)でシカゴ・ホワイトソックスから指名されたが、インディアナ州立大学へ進学。

2009年MLBドラフト34巡目(全体1035位)でニューヨーク・ヤンキースから指名されたが、契約には至らなかった。

プロ入りとホワイトソックス時代

2010年MLBドラフト2巡目(全体63位)で再びホワイトソックスから指名され、6月15日に契約。契約後、傘下のアパラチアンリーグのルーキー級ブリストル・ホワイトソックス英語版でプロデビュー。同球団では8試合に先発登板して2勝4敗、防御率2.86、38奪三振を記録した。8月にA級カナポリス・インティミデイターズ英語版へ昇格。9試合に登板して0勝1敗、防御率3.72、10奪三振を記録した。

2011年はルーキー級ブリストル、A級カナポリス、A+級ウィンストン・セイラム・ダッシュ英語版でプレー。A+級ウィンストン・セイラムでは13試合に先発登板して4勝7敗、防御率4.39、46奪三振を記録した。

2012年はA+級ウィンストン・セイラムとAA級バーミングハム・バロンズでプレー。AA級バーミングハムでは10試合に先発登板して3勝3敗、防御率5.46、27奪三振を記録した。

2013年はAA級バーミングハムで開幕を迎え、21試合(先発1試合)に登板。3勝0敗、防御率2.06、41奪三振を記録した。7月にAAA級シャーロット・ナイツへ昇格し、10試合に登板。2勝0敗1セーブ、防御率1.17、17奪三振と好投し、8月17日にラモン・トロンコソが故障で離脱したため、ホワイトソックスとメジャー契約を結んでアクティブ・ロースター入りした[2]。8月22日のカンザスシティ・ロイヤルズ戦でメジャーデビュー。同点の延長11回裏1死から登板し、0.2回を無安打無失点に抑えた。直後の12回表にホワイトソックスが勝ち越したため、メジャー初勝利を挙げた[3]。この年メジャーでは16試合に登板して1勝1敗、防御率3.26、10奪三振を記録した。

2014年3月1日にホワイトソックスと1年契約に合意[4]。3月23日にAAA級シャーロットへ異動し[5]、そのまま開幕を迎えた。4月4日にネイト・ジョーンズが故障で離脱したため、マイナーでの登板がないままメジャーへ昇格した[6]。最終的にメジャーでは67試合にリリーフ登板し、1勝6敗、勝率.143と大きく負け越したが、クローザーとしても起用されて防御率2.96、14セーブという好成績をマークした。

2015年もリリーフ陣の一角として62試合に投げた。自己記録を更新する4勝を挙げたが、防御率は大きく悪化して3.63だった。

2016年、メジャーでは9試合・8.0イニングの登板に留まり、防御率4.50、8四球、7奪三振を記録しただけだった。これは、臀部を痛めて故障者リスト入りした影響もある[7]

2017年は27試合に登板して1勝1敗、防御率7.01、26奪三振を記録した。オフの12月1日にノンテンダーFAとなった[8]

ブルージェイズ時代

2018年2月8日にトロント・ブルージェイズとマイナー契約を結び、スプリングトレーニングに招待選手として参加することになった[8]。開幕は傘下のAAA級バッファロー・バイソンズでの故障者リストで迎え、戦列復帰後の5月4日にメジャー契約を結んでアクティブ・ロースター入りした[9]。この年は41試合に登板して3勝1敗、防御率4.53、41奪三振を記録した。オフの11月2日にFAとなった[10]

ブルワーズ時代

2019年1月12日にミルウォーキー・ブルワーズと1年契約を結んだ[11]。4月27日にDFAとなり[12]、5月1日にマイナー契約で傘下のAAA級サンアントニオ・ミッションズへ配属された[8]

レンジャーズ傘下時代

2019年6月14日に後日発表選手または金銭とのトレードで、テキサス・レンジャーズへ移籍した[13]。オフの11月4日にFAとなった[8]

ブルージェイズ傘下時代

2020年2月11日にブルージェイズとマイナー契約を結んだ。9月9日に自由契約となった[8]

独立リーグ時代

2021年3月16日に独立リーグであるアトランティックリーグハイポイント・ロッカーズ英語版と契約した[8]

エンゼルス時代

2021年6月5日にロサンゼルス・エンゼルスとマイナー契約を結び、10日に傘下のソルトレイク・ビーズに配属された。8月25日にメジャー契約を結んでアクティブ・ロースター入りした[14]。移籍後初登板となった同日のボルチモア・オリオールズ戦では0.2回を投げたものの、4失点を喫して敗戦投手となった。9月16日にDFAとなり[15]、21日に自由契約となった。その2日後の9月23日にエンゼルスと再びマイナー契約を結んだ。オフの11月7日にFAとなった[8]

ツインズ傘下時代

2022年3月31日にミネソタ・ツインズとマイナー契約を結んだ[16]

詳細情報

年度別投手成績





















































W
H
I
P
2013 CWS 1600001100.50013119.120010111040773.261.55
2014 670000161410.14330773.06733342552024242.961.37
2015 62000043212.57122052.05621841332021213.631.42
2016 900000001----398.081800730544.502.00
2017 2700001103.50012225.2396601263021207.011.75
2018 TOR 4100003101.75020845.25961605415028234.531.64
2019 MIL 600000000----368.060610310333.381.50
MLB:7年 228000010121627.4551017231.2255189710101752001091023.961.52
  • 2020年度シーズン終了時

背番号

  • 68(2013年)
  • 52(2014年 - 2017年、2021年)
  • 39(2018年)
  • 36(2019年)

脚注

関連項目

外部リンク

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