ジェイソン・バートレット

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生年月日 (1979-10-30) 1979年10月30日(45歳)
身長
体重
6' 0" =約182.9 cm
190 lb =約86.2 kg
ジェイソン・バートレット
Jason Bartlett
パドレス時代
基本情報
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
出身地 カリフォルニア州マウンテンビュー
生年月日 (1979-10-30) 1979年10月30日(45歳)
身長
体重
6' 0" =約182.9 cm
190 lb =約86.2 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 遊撃手
プロ入り 2001年 ドラフト13巡目でサンディエゴ・パドレスから指名
初出場 2004年8月3日 アナハイム・エンゼルス
年俸 $5,500,000(2012年)[1]
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

ジェイソン・アラン・バートレット(Jason Alan Bartlett, 1979年10月30日 - )は、アメリカ合衆国カリフォルニア州マウンテンビュー出身の元プロ野球選手内野手)。右投右打。アメリカ人の父と、フィリピン人の母を持つハーフ

プロ入り

2000年に、ドラフト13巡目でサンディエゴ・パドレスから指名を受け、プロ入り。

ツインズ時代

2002年7月12日に、ブライアン・ブキャナンとのトレードでミネソタ・ツインズへ移籍。

2004年8月3日アナハイム・エンゼルス戦でメジャーデビューを果たした。2004年は8試合の出場に留まり、結果を伴わせる事は出来なかった。

2005年は、ワシントン・ナショナルズにFA移籍したクリスチャン・グーズマンの穴埋め要員として期待され、開幕からショートのレギュラーとして試合に出場。しかし、5月頃にスランプに陥り、マイナー降格。しかし、8月にメジャー復帰を果たすと、その後はまずまずの成績を残すようになった。

2006年は、開幕メジャーこそ果たせなかったものの、シーズン途中にメジャー昇格を果たすと、最後まで調子を維持し、打率.300超えを達成。シカゴ・ホワイトソックスオジー・ギーエン監督から「ピラニア軍団」と形容された(ピラニア軍団とは、本塁打などで豪快に得点するのでは無く、バントや走塁などで相手を撹乱し、嫌らしい得点パターンで得点するツインズの選手をからかって言ったもの。他にルイス・カスティーヨニック・プントジェイソン・タイナーの3人も含まれる。)。

2007年は、140試合に出場したが、遊撃手でリーグワーストの26失策を記録した。

レイズ時代

2007年11月28日デルモン・ヤングブレンダン・ハリスらとの3対3のトレードでマット・ガーザらと共にタンパベイ・レイズへ移籍。

2008年岩村明憲と二遊間を組み、広い守備範囲で球団創設11年目で初のリーグ優勝とワールドシリーズ進出に貢献。チームのMVPに選出された。

2009年は開幕から打撃好調で一時は打率トップになるなど、その活躍で初のオールスターに選出された。

パドレス時代

2010年12月17日コール・フィゲロアブランドン・ゴームスシーザー・ラモスアダム・ラッセルとのトレードで古巣・パドレスに復帰した。

2012年8月20日に放出された。

ツインズ復帰

2013年11月11日に、古巣のミネソタ・ツインズとマイナー契約を結んだ[2]

2014年3月29日にツインズとメジャー契約を結んだ[3]。開幕ロースター入りしたが、4月7日に左足首を捻挫し、15日間の故障者リスト入りした[4]。4月17日にリハビリのため、A+級フォートマイヤーズ・ミラクルへ異動した。4月18日に現役引退することを発表した[5]。4月21日に契約を解除された。

詳細情報

脚注

外部リンク

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