ジェフ・フロート

アメリカの男子競泳選手 From Wikipedia, the free encyclopedia

ジェフリー・ジェームズ・フロート(Jeffrey James Float、1960年4月10日 - )は、アメリカ合衆国ニューヨーク州バッファロー出身の元男子競泳選手。

フルネーム ジェフリー・ジェームズ・フロート
概要 ジェフ・フロート, 選手情報 ...
ジェフ・フロート
1984年頃のフロート
選手情報
フルネーム ジェフリー・ジェームズ・フロート
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
泳法 自由形個人メドレー
大学 アメリカ合衆国の旗 南カリフォルニア大学
生年月日 (1960-04-10) 1960年4月10日(66歳)
生誕地 アメリカ合衆国の旗 ニューヨーク州バッファロー
身長 191cm
体重 85kg
獲得メダル
国際大会 1 2 3
オリンピック 1 0 0
世界選手権 1 1 0
デフリンピック 10 0 0
合計数 12 1 0
アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
競泳 男子
オリンピック
1984 ロサンゼルス4x200mフリーリレー
世界選手権
1982 グアヤキル4x200mフリーリレー
1978 西ベルリン400m自由形
デフリンピック
1977 ブカレスト100m自由形
1977 ブカレスト200m自由形
1977 ブカレスト1500m自由形
1977 ブカレスト100m背泳ぎ
1977 ブカレスト200m背泳ぎ
1977 ブカレスト100mバタフライ
1977 ブカレスト200mバタフライ
1977 ブカレスト400m個人メドレー
1977 ブカレスト4x200mフリーリレー
1977 ブカレスト4x100mメドレーリレー
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1984年ロサンゼルスオリンピック4×200mフリーリレー金メダリストであり、同種目の元世界記録保持者。オリンピック競泳競技で金メダリストに輝いた初の聴覚障害を持つ選手、オリンピックデフリンピックの両大会で金メダリストに輝いた初の選手、法的に聴覚障害を持つアメリカ人でオリンピック金メダリストに輝いた初の選手である。

経歴

生後13カ月の時にウイルス性髄膜炎にかかって命を落としかけ、右耳の90%、左耳の65%の聴力を失った[1][2]。幼少期をニューヨーク州バッファローで過ごした後、7歳の時にカリフォルニア州サクラメントに引っ越し、近所にあるアーデン・ヒルズ・スイムクラブ(Arden Hills Swim Club)で水泳を始めた。そこでフロートは、マーク・スピッツマイク・バートンデビー・メイヤーらと共に、伝説的な水泳コーチとして知られるSherm Chavoorの下で泳いだ[3][1]

イエズス会高校(Jesuit High School)時代には地元の記録を次々に塗り替えた[3]南カリフォルニア大学時代には400y個人メドレーでNCAAタイトルを獲得[4]オールアメリカ英語版に6度選出されるなど活躍し[2]心理学の学位を取得して1983年に卒業した[3]

1977年ブカレストデフリンピック

ブカレストデフリンピック(当時の名称は世界ろう者競技大会)では、100m・200m・1500m自由形、100m・200m背泳ぎ、100m・200mバタフライ、400m個人メドレー、4×200mフリーリレー、4×100mメドレーの10種目で金メダルを獲得し、200m背泳ぎを除いた9種目と800m自由形で世界ろう記録を樹立した[5][6][7][8][9][10][11][12][13][14][15][16]

1978年西ベルリン世界選手権

西ベルリン世界選手権の400mでは、3分51秒94の大会記録を樹立したソ連ウラジーミル・サルニコフに1秒48及ばなかったが、同じアメリカのビル・フォレスター英語版を0秒55抑えて銀メダルを獲得した[17]。この時フロートが樹立した3分53秒42の世界ろう記録は現在も破られておらず、最古の競泳世界ろう記録として残り続けている[18][19]

1980年モスクワオリンピック

個人3種目でモスクワオリンピックの出場権を獲得していたが、アメリカのボイコットにより出場は叶わなかった[2]

1981年アメリカ・ソ連対抗戦

キエフで開催されたアメリカソ連対抗戦では、400m自由形、400m個人メドレー、4×200mフリーリレー(3泳)の3種目で優勝した[20]。400m自由形ではモスクワオリンピック金メダリストのウラジーミル・サルニコフを1秒05[21]、400m個人メドレーではモスクワオリンピック銀メダリストのセルゲイ・フェセンコ・シニア英語版を0秒42抑えた[22]

1982年グアヤキル世界選手権

グアヤキル世界選手権の4×200mフリーリレーで2泳を務め、アンカーロウディ・ゲインズらと共に2位のソ連に3秒82差をつけて金メダルを獲得した[23]

1984年ロサンゼルスオリンピック

ロサンゼルスオリンピックでは競泳アメリカチームのキャプテンを務め[2]、4×200mフリーリレーで金メダル獲得、200m自由形で4位入賞を果たした。

最初の決勝となった200m自由形では、ミヒャエル・グロス(1分47秒44=世界記録)、マイク・ヒース英語版(1分49秒10)、トーマス・ファーナー英語版(1分49秒69)に次ぐ4位に終わり、メダルには0秒49届かなかった[24]

翌日の4×200mフリーリレー決勝では3泳を務め、1泳のマイク・ヒース英語版、2泳のデイヴィッド・ラーソン英語版、アンカーのブルース・ヘイズ英語版と共に世界記録樹立と金メダル獲得に貢献した。予選で7分18秒87の世界記録を樹立したアメリカは[注釈 1]、当時世界最高の競泳選手だったミヒャエル・グロス擁する西ドイツに勝利するため、4秒ほどの追い越せない差をつけてアンカーに繋ぐ計画を立てて決勝に臨んだ。計画通りの差はつけられなかったものの、フロートは0秒90だった差を1秒56に広げてアンカーのヘイズに繋いだが、今大会の200m自由形のチャンピオンであり当時の世界記録保持者(1分47秒44)であるグロス相手にこの差は安全とは言えず、案の定100mでグロスに抜かされ、そのまま残りの50mを迎えた。しかし、アメリカはヘイズが残り10mでグロスに並ぶとそのままほぼ同時にフィニッシュし、当時の史上最速スプリットタイムとなる1分46秒89をマークしたグロス相手に、自己ベストが2秒以上も遅いヘイズが1分48秒41のスプリットタイムをマークして0秒04差で競り勝った。2位西ドイツと3位イギリスとの差は9秒05もあり、アメリカがマークした7分15秒69と西ドイツがマークした7分15秒73は、アメリカが予選で樹立した当時の世界記録を3秒以上も上回った。このレースは水泳の歴史において、2008年北京オリンピックの男子4×100mフリーリレーと並び、歴史に残る名リレーとして語り継がれている[25][26][27]

フロートはリレーで3泳を泳いだ直後、プールから上がった時に観客の歓声が聞こえたといい、その時の心境を次のように語った[2]

大会で独特の歓声を聞いたのは初めてだった。
"It was the first time I remember hearing distinctive cheers at a meet."
1万7000人の歓声がどんなに響き渡ったか、決して忘れません。信じられないくらいでした。
"I’ll never forget what 17,000 screaming people sound like. It was incredible."

フロートはこのメダル獲得により、オリンピック競泳競技で金メダリストに輝いた初の聴覚障害を持つ選手[28][29]オリンピックデフリンピックの両大会で金メダリストに輝いた初の選手[5]、法的に聴覚障害を持つアメリカ人でオリンピック金メダリストに輝いた初の選手となった[2]。また、オリンピックのメダル授与式において、世界共通のハンドサインであるILY(I Love You)を観衆とテレビカメラに向けて披露した初の選手となった[5][30]

決勝を泳いだ4人は翌朝のロサンゼルス・ヘラルド・エグザミナー英語版の一面を飾り、そこにはグロスの写真に赤い丸と斜線が描かれ、上には大きな文字で「グロスバスターズ(GROSS BUSTERS)」と書かれていた[2]。これは約2カ月前に公開されたヒット映画「ゴーストバスターズ」にちなんだもので、4人の愛称となった[26]。4人はアメリカの女優であるラクエル・ウェルチと共にヴァニティ・フェアの表紙を飾った[1]

現役引退後

1984年ロサンゼルスオリンピックを最後に現役を引退し[4]、その後はモチベーショナルスピーカー、水泳のコーチディレクターなどの仕事をしている[28][31]

人物

表彰・受賞

成績

主要国際大会

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大会場所種目結果記録泳順備考脚注
アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国代表
1977デフリンピックブカレスト100m自由形金メダル55秒74世界ろう記録[5]
200m自由形金メダル2分02秒46世界ろう記録
1500m自由形金メダル17分04秒42世界ろう記録
100m背泳ぎ金メダル1分04秒19世界ろう記録
200m背泳ぎ金メダル2分21秒55デフリンピック記録
100mバタフライ金メダル1分00秒29世界ろう記録
200mバタフライ金メダル2分15秒14世界ろう記録
400m個人メドレー金メダル4分56秒76世界ろう記録
4x200mフリーリレー金メダル8分32秒314泳世界ろう記録
4x100mメドレーリレー金メダル4分16秒891泳世界ろう記録
1978世界選手権西ベルリン400m自由形銀メダル3分53秒42[35]
1982世界選手権グアヤキル4x200mフリーリレー金メダル7分21秒092泳[35]
1984オリンピックロサンゼルス200m自由形4位1分50秒18[35]
4x200mフリーリレー金メダル7分15秒693泳世界記録
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記録

自己ベスト

さらに見る 種目, 記録 ...
種目記録日付大会場所備考脚注
長水路
200m自由形1分50秒181984年7月29日オリンピックロサンゼルス[35]
400m自由形3分53秒421978年8月28日世界選手権西ベルリン世界ろう記録
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樹立した長水路の世界ろう記録

さらに見る 種目, 記録 ...
種目記録泳順日付大会場所脚注
200m自由形2分04秒081976年7月10日サウスフィールド[7]
1500m自由形17分23秒47[9]
100m背泳ぎ1分07秒11[10]
100m背泳ぎ1分04秒38[10]
100mバタフライ1分03秒43[12]
200m背泳ぎ2分16秒171976年7月11日[11]
200m背泳ぎ2分14秒51[11]
400m個人メドレー5分01秒98[14]
100m自由形55秒741977年7月18日デフリンピックブカレスト[6]
4x200mフリーリレー8分32秒314泳[15]
800m自由形9分10秒301977年7月19日[8]
1500m自由形17分04秒42[9]
400m個人メドレー5分01秒70[14]
400m個人メドレー4分56秒76[14]
100m背泳ぎ1分04秒191977年7月20日[10]
100mバタフライ1分02秒50[12]
100mバタフライ1分00秒29[12]
200mバタフライ2分25秒891977年7月21日[13]
200mバタフライ2分15秒14[13]
200m自由形2分02秒461977年7月22日[7]
4x100mメドレーリレー4分16秒891泳1977年7月22日[16]
400m自由形3分53秒421978年8月23日世界選手権ベルリン[36]
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脚注

外部リンク

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